コロ第9章3話

コロ(小説)

 

コロは難波宗の咆哮そのものとなり、秋菊ゴールへ飛んでいく。

 完全にフリーの状態から放たれた、最高のシュート。

 その球速、コース、タイミング、全て彼の15年の生涯の中、最高のものといってよかっただろう。

 だが皮肉なことに初めて蹴ることができたそのシュートが一体どういう軌道を描くのか、彼自身もまた知らなかった。

 ゴール右上隅に突き刺さると誰もが予感したそのボールは、寸前でホップし浮き上がったのだ。

「これは、外れる!」

 コロの言葉通り難波宗の最高のシュートは、最高が故にゴールポストに激突した。

 そしてその勢いと角度は、大きくコロを弾き返すことになる。

 難波のシュートは、すんでのところで外れたのだ。

「成! 飛鳥井!」

 コロは思わず叫んでいた。

 ここで「予感」することができるかどうかが、勝負を分ける。

「予感」とは何か?

 得点のざわめきを、である。

 バーに当たった瞬間起こったそれを、瞬時に感じられるのならば逆転の芽が生まれる。

 果たして――?

「ここだ!」

 そう叫んだ飛鳥井が、ネコ科の動物を思わせる動きでコロに飛びついた。

 胸でトラップした彼は、そのまま芝にコロを落とすことなく、ダイレクトで前方に蹴り出す。

 だれの元へ――?

 成だ。

 バーにコロが当たったあの瞬間誰よりも先んじて、成はすでに走り出していたのだ。

 飛鳥井と成だけが「予感」することができたのだろう。

 惚れ惚れするほど正確なパスを受け取った成は、トップスピードのまま相手フィールドへドリブルで駆けていく。

 閃光といっていいほどのカウンターだ。

 だが相手は名門山城中学校、DFも当然鍛え抜かれている。

 前がかりになっていたとはいえ、後方の備えも怠っていなかった。

 すぐさま二人、絶妙なポジション取りで成の前に立ちはだかる。

 彼らはプレッシャーを与えながらも、決してボールを奪いには来ない。

 5秒遅らせることが出来れば、それなりに陣形を整えられる。成を少しでも足止めすることが、この二人の使命なのだ。

 こう立ち回られては、どれほど実力差があっても簡単に抜くことはできない。

 成にとってはこの場面ボールを奪いかかりに来られた方が嬉しいということを、鍛え抜かれた山城DFは分かっているのだ。

 このプレッシャーのかかる場面で、冷静に連携できる彼らは流石である。

 流石ではあるが、成の中で巻き起こる得点へのざわめきは一ミリたりとも消えはしない。

 成はいきなり逆サイド前方へと、コロを蹴り飛ばした。

「まったく、君がここを走っていることが、どうして成に分かる? そして成が君に気づくことを、どうして君に分かる? 素晴らしいな、君たちは!」

 そう叫ぶコロの行く先に待ち受けるは、この試合秋菊中ビリケツの番号を背負う飛鳥井雅だ。

 彼は成と示し合わせたように、逆サイドを駆けていたのだ。

 ボールを前方に蹴り出すようにトラップした彼は、センターラインを越えるとサイドから中央へ切り込んで行く。得点可能圏内までもう少しだ。

「ファールでいい、止めろ!」

 猛然と自陣へと戻る難波が、飛鳥井の後方よりDFに指示をだす。

 この場面では適切な指示だ。

 ここからフリーキックは狙えない。

 もしレッドカードで退場しても、10人対10人のイーブンに戻るだけなのだ。

 そして相手のDFも、言われるまでもなくそのつもりだったのだろう。

 言うが早いか、彼はスライディングを仕掛けてきた。

 それだけでなく、その手は服も狙っている。足でボールを奪えない時は、つかんで引きずり倒すつもりなのだ。

「マンガかよ!」

 その瞬間見せた飛鳥井のプレイに、観客の誰かがそう叫んだ。

 飛鳥井は足先にボールを保持したまま、宙に飛んで見せたのだ。しかも同時に、DFの手を自身の手で払いのけている。

 国民的サッカーマンガでよく見かける場面だが、そんな芸当は常人には不可能である。

 おまけに、払いきれなかった相手の指先が服にかかったと見るや、空中でルーレットのように回転した。

 ファール覚悟――、いや、ファールで止めようという相手を、見事なまでに飛鳥井は抜き去った。

 観客はもはや絶叫である。

 だが一連の動作で、僅かながらスピードは殺されてしまっている。

 人の身である以上、物理法則からは逃れられない。

 先ほど成に立ちはだかった二人のDFが、飛鳥井に追いつき並走している。

 これも華麗に抜き去る、とは、流石の飛鳥井にも無理な芸当だ。

 だが、勿論ボールをこぼすことなど決してない。

 彼は中央より進路を変え、右サイドに開くようにドリブルで駆ける。

 ここからの飛鳥井の狙いは難しいものではない。サッカーをかじった者なら誰でも分かる簡単なものだ。

 飛鳥井がサイドに開きDFを引き付ける。

 するとゴール前にスペースが空く。

 そこに走り込んだ者にパスを出し、得点を決めさせる、という至ってシンプルなものである。

 飛鳥井をマークするDFもそれを分かっている。

 だがこの場を離れられないのだ。

 二人掛かりでマークするこの手を緩めれば、この天才はいとも簡単に策を切り替え、自ら得点してしまうであろうことを、延長戦まで戦ってきた相手DFは知っているのだから。

 それに天才はこちらにも一人いる、と彼らDFの顔は雄弁に語っている。

 難波宗だ。

 この二人のDFは、難波が戻るまでの後数秒をここで稼げば、ゴール前のスペースを彼がカバーしてくれると、心から信頼しているのだ。

 ただのセンタリングなど、難波は必ずクリアするはずだと。

 果たしてその彼らの思惑通り、飛鳥井はセンタリングを上げるため彼らを振り切ろうと、2秒程の時を失った。

 たかが2秒とはいえ、コンマ1秒以下を争う彼らに、その数字は大きい。

 難波の戻りは、既にペナルティエリア内に達している。

 斯くして、山城DFの試みは、成功したかのように見えた。

 だが、彼ら二人の誤算は、飛鳥井が放つセンタリングが、「ただのセンタリング」などではなかったことだ。

「蹴聖でしか、さばけないぜ!」

 インパクトの瞬間、飛鳥井の心の声を聞き、コロは彼の元から弾丸となり飛び立った。

 シュートと見まごう程のスピードで、コロは右サイドからゴール前へ飛んで行く。

 飛鳥井の言う通り、これをさばけるのは一人しかいない。

 無論そこに駆け込んでいる成だけだ。

 成の右足は既にシュートの体制をとっており、その打面の軌道とコロの飛翔する軌道が交わった時生まれるゴールへの道筋が、コロには虹色に光って見えた。

 ゴールまでの虹の架け橋だ。

 針をも通す精密かつ高速のセンタリングを放った飛鳥井と、それを完璧にゴールに叩き込むであろう成の二人が形成する、虹色の夢の架け橋がコロの眼前に広がっている。

 コロは誰にも邪魔されず、その橋を駆け抜けゴールに吸い込まれる、――はずだった。

 なんということだ。

 ああ、なんということだろう。

 成の足から伸びる完璧な虹の架け橋。

 その途中に、あってはならないものがある。

 成とゴールの間にあってはならないものがある。

 難波宗の、足先があるではないか。

 コロは成の足先を経由した後、難波のスパイクにぶつかるのだ。

 サッカーの神であるコロには、その後どこに跳ね飛ばされるかまで、はっきりと見えてしまう。

 少なくともゴールマウスの中ではない。

 ゴールすることは決して無いのだ。

 このままでは、コロは虹の架け橋を滑り落ち、暗い濁流を彷徨うことになる。

 だがそれは、神であるコロのみが計算可能なことである。

 傍目には、秋菊中の大チャンスだ。

 勿論、成と飛鳥井の中でも大チャンスであり、逆に、完璧に未来の成のシュートを阻止しているはずの難波の中では大ピンチなのだ。

 ここでシュートを選択しない者はいない。

 それはその大チャンスを、放り投げるに等しい行為だからだ。

 しかしここで、誰もが――、そしてコロすらも予想しないことが起こった。

 完璧な軌道を描いていた右足を、成はピタリと止めたのだ。

 この時間、この場面で、成は絶好のボールをシュートせず、なんとスルーしたのだ。

 難波のブロックをこの一瞬で察知したのなら、それは最早コロと同じ神の域であるといえよう。

 だが――。

 ボールはピッチを斜めに横切るように、成の体を通過する。この角度、そしてこの球威では、確実にボールはラインを割ってしまうだけだ。

 得点にはならず相手ボールになり、依然劣勢のまま延長戦を戦うことになる。

 もう一度こんなビッグチャンスが訪れる可能性は、極めて少ないといえる。そして、一人少ない人数差を突かれて負ける可能性が、非常に高いのだ。

 一か八かの確率でも、シュートを打っておけばよかったと後悔する。

 そのはずだった。

 だがボールの行方を見守る全ての者の予想に反し、成の体を通過しバウンドしたボールは、そのままラインアウトすることなく自然の摂理に反するかの如く軌道を変えた。

 右に曲がった?

 左に曲がった?

 いや、違う。

 あろうことか、なんとボールは大きく真上に跳ねたのだ――。

『いつか君が――』

 コロの脳裏に、かつて天照に語った自らのセリフが蘇る。

『完璧なファーストコントロールを目の当たりにした時、それはまるで魔法のよう――』

 成は飛鳥井からのパスを、スルーしたのではなかったのだ。

 飛んできたボールをクライフターンした、といえばいいだろうか。

 だがそんなことは、かのヨハン・クライフですらできはしない。

 スルーしたかに見えた成の右足は、微妙に、そして一瞬ではあるが擦るように、ボールであるコロに触れていたのだった。

 完璧なファーストコントロール。

 飛鳥井による鋭いパスの軌道に反し成が与えたその力は、ボールに強烈なスピンを与えつつ、絶妙な場所へコントロールされていた。

 そのスピンはピッチの芝に触れた瞬間、コート外へ飛び出そうというボールの力を相殺したのだ。

 結果、拮抗した力と力はボールを――、つまりコロを、真上に2メートルほど跳ね上げた。

 今この瞬間、コロは誰もいないゴール前に、プカリと浮かんでいるのであった。

 いや、誰もいないわけではない。

 魔法のようにゴール前に浮かぶコロを、迎えにくるように成が走りこんでくるではないか。

 難波も相手キーパーも、尻を地に着け動くことができない。

 まるで成とコロ 以外の時間が、止まってしまったかのようだ。

 ピッチの上から音が消える。

 静止した時の中、両者が引力で引かれ合い、吸い付くように接近していく。

 成とゴールの間にあるはコロだけだ。

 左足が上がる。

 それは鞭のようにしなり、理想通りの軌道を理想通りのスピードで、重力に従い落下するコロの中心へと向かってくる。

 再びコロの眼前に、崩れたはずの虹の架け橋が再構築されていく。

 細切れに寸断されたかのような時の中、遂にインパクトの時を迎えた。

 

延長戦、1-0

 成の渾身のシュートを全身に受け、コロの体は大きくゴールネットを揺らした。

 同時に試合終了の笛がなる。  成のゴールデンゴールにより、遂に秋菊中学校サッカー部が、全国中学サッカー大会出場を決めたのだ。

コメント

  1. ほにゃー より:

    お疲れ様です明日は日曜日外出せずゆっくり小説など読みたいとおもいます。
    ただ読解力がないので途中まで読んではまた初めからの繰り返し😅
    でも楽しみの一つです。
    ブログありがとうございました🎸♬

  2. おがっちょ より:

    シュートのシーン、想像しながら読んでいました😌⚽️中学生とは思えません🤣

  3. […] […]