コロ!! 7章第2話

コロ(小説)

「どうよ、どうよ? この盛り上がり、想像以上でしょう? 凄いでしょう? さあ、序列最下位のフンコロの神よ、この太陽神様を褒め称えて、クウンと鳴きなさい」

「何を言ってんるんだ。この頭も胸も空っぽの邪悪な神め! 今度という今度は許さないぞ。これでこちらが負けでもしたら、どうしてくれるんだ」

 威勢を誇る天照にコロが噛み付くといういつもの構図が、広大なフィールドの中央で行われていた。

 天照の役割であるはずの応援団の団長役は、すでに辞めてしまったようで、なぜだか先ほどTVリポートしていた田中アナウンサーが代わりを務めている。

 秋菊中学と山城中学の両選手達はセンターサークル前に整列し、これまたなぜかそれぞれの校歌を歌わされている。それも普段は歌うことも聴くこともない、存在すら忘れられた3番まで、フルコーラスである。会場の隅々まで設置された最新式のスピーカーからは、今日のためにサラウンドで再録音されたという、その校歌の伴奏が流されている。

「なに言ってんの、ほんとに消滅させるわよこのフンコロ。いい? 青海第一中学みたいな弱いところと戦っても、盛り上がらないじゃないの。今日は決勝なのよ、決勝。それなら以前ボロ負けした所に勝ってこそスポ根、ってものじゃない。それに――」

 吠えたてるコロに、太陽神がビシリと燃える人差指を突き立てる。

「あんた、飛鳥井が復帰したなら今日は楽勝――、そう心のどこかで思ってたでしょう? 甘いのよ、あまあまよ。油断大敵っていうのは、誰の言葉でしたっけ? 神の試練を楽々乗り越えようなんて思うから、バチが当たったのよ。あはははは!」

 なんて邪悪で醜悪な高笑いであることか。

 しかし油断していたことは事実である。

 サッカーのことであれば、大体のことはシミュレーションできてしまう、因果といってよい身の上なのだ。

 飛鳥井が入ったことで、更に勝ちは堅くなった――、コロがそう考えてしまったのも仕方がないことといえよう。

「でもでも、相手を変えるなんてズルいよ。それにどうせこっちが勝ちそうになっても、きっと力を使って無茶苦茶するんだろう?」

 コロは半泣きで訴える。それでは勝ち目がないではないか。

「それは違いますよ、コロ様」

 先ほど田中アナに邪魔なコスプレおじいちゃん扱いされていた思兼命が、燕尾服を風になびかせながら、フワリと飛んで現れた。

「姫は目的のために神界のルールを破りに破る無法者ですが、こと勝負事となるとフェアなお方です。実際今まで、勝負事が始まってから神力を用いたことはないでしょう? 昨日コロ様を雷で打った際も、明らかに雌雄が決した後でした」

「フェア? このアンポンタンのスッカラカンが?」

 首を捻り考えてみると、確かに天照が試合中にちょっかいを出したことはない。無茶苦茶をするのは、あくまで勝負が始まる前段階で、始まってしまえば一生懸命声援を送るのみだ。

 PK戦までもつれこんだ一昨日の準決勝でも、歯ぎしりしながらボールの行方を見つめていた。

 その辺りは、試合に直接手を出していた赤髪タンクトップ筋肉男の弟スサノオとは、一線を画している。

「姫が勝負事にフェアであらせられるのは、事情がありましてな。昔心待ちにしていたゲームをついに手に入れた折、バグ――、つまり裏技ですな――、それを利用してクリアしてしまったのです。結果楽々クリアできたのですが、そのつまらないことといったら無かったと……。そういうわけで、姫は裏技禁止を、この日の本の大地に誓ったのです」

 そんな理由でそんなことを、母なる大地に誓ってくれるなといいたくなる。

 それにそもそも、この現状こそ完全な「裏技」だ。どうやら、イージーモードではなくハードモードにする分には問題ない、と考えているらしい。なんて迷惑な話だろうか。

「ふん、それに勘違いしないでよね? 私は今日だって秋菊中学の応援をしてるし、あんたたちの味方なのよ。今日は応援団団長でもあるからね。ダメコロをなぶるのは愉快痛快だけど、秋菊の勝利を心から願ってるわ。これは勝利をより味わうための、天からの贈り物よ」

 指を立てウインクをキメるその顔には、罪悪感というものが欠片もない。本当に親切心でやってあげていると思っているのだ。

 バカにつける薬は無いというが、バカ神につける薬もまた存在しないのだろうか。

 コロの無いはずの口が開いて塞がらなくなった、その時だった――。

「ちょっとやりすぎかなあ、アーちゃん」

 ――唐突に、天から謎の声が響き渡る。

「ぞわり」としたものを感じ、コロは思わず天を見上げる。

 ここにきて、新しい神の登場はもう勘弁だ。

 なにせこの国の神は、高確率でロクデナシなのだから。

 天照の弟スサノオの悪夢は、未だ記憶に新しい。

 どうか天照の親族ではありませんよう。

「パパ! ママ!」

 しかしそのコロの願いは、天照のその二言で、見事なまでに両断された。

 スポットライトのような光の中、二つの影が天から降りてくる。

 その様は、正に降臨といってよいほど荘厳だ。

 眩い光の中には、男性と女性の神が一人ずつ。

 それがなんと、天照の父と母だというのだ。

 考えるだに恐ろしくなったコロは、「パパ、ママ」という言葉に、他の意味があったのではと、すがるように必死に頭をひねる。だが考えれば考えるほど、パパはパパでありママはママである。

 つまり目の前に降り立った眩く光り輝くこの男女は、どう考えても天照の両親なのであった。

 天照の悪行を前に、「親の顔が見てみたい」と思うことは、何度もあった。

 だがそれは今ではない。

 断じて、大事な試合を控えた今ではないのだ。

 天照の両親など、まともであるわけがないのだから。

「お察しの通り、あのお二方は姫のご両親でございます。お父上がイザナギ様、お母上がイザナミ様、この国の大地と数多の神々を創造した、偉大な神々にあらせられます。どうか失礼のありませんよう」

 思兼が、芝の上に片膝をつき天照の両親に臣下の礼をとりながら、コロに耳打ちする。

 この国を創ったとは、とんでもない力を持った神である。

 コロはいろんな意味で恐れおののきながら、その二神を観察する。

 父親のイザナギ、母親のイザナミともに、純白の着物に身を包んでいる。

 イザナギの方は鼻下に髭をたくわえ、頭髪は長い黒髪を二つに分け、耳元で折り返し結わえている。角髪(かずら)を結うというものだ。純日本の神、とでもいえるファッションだ。

 母親のイザナミは、着ているものこそ和風だが、頭髪は鮮やかなブルーである。天照の青色の髪の毛は、きっと母親譲りなのだろう。そうなるとスサノオの赤い頭髪が謎になるが、今あんなやつのことはどうでもいい。

 そして胸は、着物の上からでも分かるほど豊かである。

 この母親からあんなツルペタ洗濯板が生まれるとは、神の世界も無情なものだ。

 神を目の前にしながら神はいないのかと、訳のわからないことを考えてしまう。

 だがそんなことは、今はもっとどうでもいい。

「ねえ、アーちゃん、ちょっとやりすぎだよお。パパ言ったよね? アーちゃんがおっきな力を使う度、天界は辻褄合わせにてんてこ舞いだって。働かせすぎると最近はブラック企業だなんだって、マスコミや労基がうるさいんだから」

 やっとのことで謎の演出であった光が消えると、ため息をつきながら、父親のイザナギが嘆くように口を開いた。

 アーちゃんこと天照が無法をしても、この世は何事もなく動いているように見える。

 だがきっと、他の神々が必死の思いで修正して、事なきを得ていたのだ。

 父親イザナギの言葉から察するに、辻褄合わせとはそのことだろう。

 そう考えると、正に辻褄が合う。

「うるさいわよ、パパ! 邪魔するなら帰って」

 そう言われた父親は、両手の人差し指をちょこんと自身の胸の前で合わせ、ほとんど泣きそうな顔になる。派手に登場してきた割に、娘には弱いようだ。

「アーちゃん、パパにひどいこと言っちゃだめじゃない。久しぶりに会ったのに」

 おちこむ夫に代わり、イザナミが口を開き、娘を嗜める。

 だが嗜めるといっても、その口調は夫と同じく穏やかだ。

 天照の両親とあってはその気性の荒さが危ぶまれたが、娘と違い二神とも、柔らかい雰囲気を持っている。

 この二神ならば山城中学との試合を無効にして、元の状態、つまり青海第一中学との試合に戻してくれるんじゃないだろうか。

「あの、イザナギ様、イザナミ様」

 意を決してコロは尋ねる。

「この馬鹿げた状況に、皆さん迷惑しているんですよね? ぼ、僕もなんです。どうにか元に戻してもらえたりしませんか?」

「あなたがコロちゃんね?」

 母親であるイザナミが、妙に艶かしい声で応える。

「ええっ、僕の事を知っているの?」

「ええもちろんよ。黄泉の国――、いいえ、自宅からよく見ていたわ。ナミって呼んでねえ、コロちゃん。お話たっぷり聞きたいから、ひとまず一緒にお風呂に入りましょう?」

「お、お風呂っ?」

 訳のわからない提案に、思わず素っ頓狂な声がでてしまった。

 イザナミは「うふふ」と妖艶に笑いながら、胸元をチラリと開けコロを誘う。

 豊満な胸が見えそうで見えない、その神がかったチラリズムに、無いはずの鼻の下が伸びてしまう。

「さあおいで、おいで」

 思わずコロリコロリと近づいていくと、鈍い痛みが、コロの体に走った。

「いたた、何するんだようペチャパイ! ボクはあっちの大きい方とお風呂に――、いたたたた」

 抗議しようとするも天照の指の骨が、コメカミと思しきところにメリメリと食い込み、耐え難い激痛をコロにもたらす。

「何が「あっちの大きい方」よ、このスケコロ。私はねえ、今あんたを助けてあげたのよ。あんたあのままママに近づいてたら、死んでたわよ。もしくは屍鬼、つまりゾンビになってたわね。なのに裏切ろうとしたわね? 罰よ、罰、ほらグリグリグリ」

「や、やめろお、いたたたた」

 更に骨が食い込み、押しつぶされ変形したコロの体は、最早ヒョウタンのような形状になっている。

「ママはね、確かに国生みの神だったけど、もうとっくに死んじゃって黄泉の国にいるの。スサノオがあんなマザコンになったのも、中々会えないからなのよ。「1日千殺」が座右の銘のママなんだから、迂闊に近づいたらあんたなんかイチコロよ」

 グリグリされながら思兼を見ると、老執事も無言で頷く。どうやら本当のことのようだ。

「いたたた、じゃ、じゃあ、そんな黄泉の国にいるはずの神が、どうしてここにいるんだよ? いたたた、もうやめてえ!」

「私だって知らないわよ」

 ポイっとコロは、まるでゴミのように青い芝生の上に放り捨てられる。

「ねえママ、どうしてここにいるの?」

「もう、あとちょっとで、コロちゃんをコロっとコロせたのに」

 妖艶に笑い恐ろしいことを言うイザナミに、コロはコメカミの痛みも消し飛ぶほどゾッとする。

「パパがね、たまにはデートしましょうって誘ってくれたの。天照ちゃんが何かやってるから、説教ついでに楽しもうって、パパが昔置いた千引きの岩をどけてくれたのよお」

 父親も岩を使うのか。

 天照は、母親から残虐さを、父親から岩使いを受け継いだのだろうか?

 なぜあの豊満な胸だけを受け継がなかったのかと、コロは嘆かずにはいられない。

「そういうわけでコロ君、君の頼みは聞けないんだよ。もう起こってしまったことだから、この状況を、ママと娘と心行くまで楽しもうと思ってね。それにこの状況を元に戻すなんて言おうものなら、必死で頑張った天界の神々に、それこそストライキでも起こされかねない。それでは無意味に穴を掘らせてまた埋めさせるという、どこかの国の拷問みたいなものだろう?」

「何をどう楽しむっていうんですか?」

 先ほどからこの夫婦は、楽しむ楽しむと言っているが、不吉なものしか感じない。

 せめて観戦するだけであってほしい――、コロはそう願い二神に問うたのだった。

「そりゃあ決まってるじゃないか! 君たちの相手、――えっと、山城中だっけ? それに僕とママがついてサポートするんだ。人間を駒にしたサッカーで勝負しようじゃないか!」

「なんじゃそりゃあ!」

 やはり天照とスサノオの親である。

 発想と迷惑のかけ方がそっくりだ。

 ただでさえ敵うかどうかわからない山城中に味方につかれるなど、たまったものではない。

 それも海千山千の神ではない。この大地の創造主なのだ。

「ヤメてくれえ。親子ゲンカならよそでやってよお」

「ケンカじゃないさ。家族でゲームして競うことは普通だろう? ほらボーリングとか」

「こっちは命がかかってるんだ。家族間の遊びのボーリングと、一緒にしないでよ!」

「そんなこと言ったら、僕の方もいつだって命がけさ。ママといるのだって、本当はとっても危ないんだよ? 黄泉の国の追っ手は、しつこいからね」

 だめだ。口調が穏やかでも、中身は天照と同じく無茶苦茶だ。

 だがなおもコロは食い下がる。

「さ、さっきイザナギ様が言ってたじゃないですか? 力を使うと天界の神々が大変だって。だからサポートなんかしちゃダメでしょう? 暴動が起きますよ?」

「うん、そうだね。でもね、僕の能力は神を産み落とすことなんだ。これは僕の義務みたいなもので、まあ仕事といっていい。だから他の神々が辻褄を合わせる必要もないし、つまり彼らの仕事が増えることもない。上に立つ者が労働に勤しんでいるということで、褒められてもいいくらいだ」

 そう言うと、イザナギは音もなく地に降り立ち、美しくピッチを彩る芝生を数本引き抜いた。

「何がでるかな? 何がでるかな?」

 よく分からない歌を歌いながら芝生が宙空にまかれると、その一本一本がポンポンと音を立て、得体のしれないものに変化した。

 それらはコロと同じサッカーボールほどの大きさをもち、ふわりふわりと宙に浮かんでいる。人の形をしているものもいれば、よく分からない火の玉みたいな者もいる。

「これが新しい神々だよ。昨日欠番が百神ほどでていたから補完しないとダメだからねえ。えーと、お、ちょうど十一神いるじゃないか。さあ可愛い我が子達よ、この赤い服を着た少年達に宿りなさい」

 新しい神だという十一体の霊体達は、赤いユニフォームを着て校歌を歌う、山城中学の選手達の体の中に消えていく。

「ああっ、こんなのずるいぞ!」

 効果のほどは知れないが、まずいことは分かる。

「ずるくなんかないさ。今日のノルマをこなしただけだよ。最近サボっていたから、神々も大喜びだろう」

「嘘をつくんじゃない! 山城中の選手に宿るよう、命じたじゃないか」

 イザナミは「赤い服を着た少年達」と、はっきり山城中の選手達に宿るよう命じていた。

「それくらいは許されるさ。コロ君だって、アーちゃんか思兼君に宿主をあてがわれたんじゃないかい? それにこれは強制じゃないさ。彼らにだって人を選ぶ権利はある。だけど山城中学の少年達は、たいそう優秀だったんだろうね。みんな喜んで宿ったようだよ」

 確かに天照と思兼は、最初コロに飛鳥井をあてがう計画だった。

 そして知らぬこととはいえ、コロの一存で成に宿ったのだ。

 それを考えれば、イザナギの言っていることは、非の打ち所の無い正論といえる。

「ずるいずるい! ドーピングだ! 違法だ! パワハラセクハラだ!」

 最早駄々をこねるくらいしか、コロにできることはない。

「ママの前でセクハラ呼ばわりは止めてほしいなあ。まあたしかにドーピングに近いねえ。彼らに宿っていったのは、みな身体能力に関係する神々だ。俊足を司る神や、頑健を誇る逸話があるような神達だからね。あ、でも文句をいうのは違うよ。だったら君の存在を否定することになるからね。ましてや君はサッカーボールの神なんだ。どちらかといえば、ずるいのはそっちといってもいいね」

「ううう」

 スサノオに言われたようなことを指摘され、駄々のこねようすら無くなってしまった。憤りのぶつけどころもなく、叫びながら、コロはコロコロと芝生の上をムチャクチャに転がる。

「あはははは、なんでだろう、コロ君が困る様を見るのは、とっても楽しいねえ。これじゃあもっといじめたくなっちゃうなあ、ねえママ?」

「ほんと可愛らしい。黄泉の国に連れて帰って、血のマグマで、おでんみたいにグツグツ煮てみたいわあ」

 天照の両親なのだ、やはり根っこが同じである。

 だがその時、助け舟をだしたのは、他ならぬその天照だった。

「じゃあこっちもやってやるわよ! 神を生み出すのは、なにもパパだけの専売特許じゃあないのよ!」

 そう叫びながら天照は、ぶちぶちと芝生を引き抜き、父親と同じように宙にまいた。

「天照!」

 そうだ、こちらには序列一位の神、天照大神がいるのだ。いかな父親母親とはいえ、序列では天照大神が上だ。神力で引けをとるわけがない。

 コロは期待に胸を踊らせながら、まかれた物の変化を観察する。

 だが、その芝生はハラハラと舞うだけで、先ほどイザナギが見せたような奇跡は起こらない。

 結局それらは重力に従い、形を変える事なくピッチの上に落ちてしまった。

「なな、なんでよ!」

 神産みに失敗した天照は、狼狽え幾度も芝生を引きちぎり宙にまいたが、結果はどれもおなじだった。

 これでは神を生み出すどころか、芝生の命を奪っているだけである。

「どうやらパケット不足のようですな。使い過ぎで、制限がかかっております」

 思兼がスマホの画面を示し、天照の眼前にそれを差し出す。

 コロも画面を覗き込むと、そこには「神力制限」と、大きく表示されていた。

「なんでよ! 今月、まだ始まって10日やそこらじゃないのよ!」

 神力にも、月々使える上限があるらしい。

「やれやれ」とため息を吐きながら、イザナギが肩をすくめる。

「そりゃそうだよ、アーちゃん。高天原のスタジアムを現世に降ろして実体化させるなんて、いくらアーちゃんのバカみたいなパケット量でも空っぽになるってもんさ。ま、ここからは楽しく観戦しようじゃないか。くれぐれもファエアプレイでね」

「じゃあまた後でねえ」

 イザナギがウインク、そしてイザナミが投げキッスをコロに送ると、二神はフワリと浮かび、観客席に消えていった。

「きいい、悔しい! 契約するキャリアを変えてやるわ!」

 天照が地団駄を踏み、芝生を荒らし回っている。

「こうなったらダメコロ、負けは絶対許さないからね」

「無茶言うなよ。相手は山城中学で、全員に神の加護がついちゃったんだぞ? あの難波宗にもだぞ? 勿論やるからには全力でやるけれど、せめてあの条件は無しにしておくれよ」

「あの条件?」

「負けたら成を殺すってやつだよ!」

 ただでさえ薄かった勝ち目がさらに薄くなってしまった。口にするだけでも恐ろしいこの条件――、これだけは何としても撤回しておいてもらわなければならない。

「ああ、あれね――。ふむ、あれか……」

 天照は忘れていたかのように宙空を見、何か困ったかのような表情をした後、思兼の方を見てアゴをしゃくる。

 コロに何かを説明しろということなのだろう。それに応じた老執事は、ゴホンとお決まりの咳払いを決め、口を開く。

「コロ様、どうかお気を確かに聞いてください」

 なんだろう、その導入は嫌な予感しかしないではないか。

「実は、全国中学生サッカー大会その予選で試合終了の笛が鳴った時、もし秋菊中学が負けていれば即、藤原成が死去するよう、すでに設定されているのです」

「ななな、なんだって? 戻してよ、戻してくださいよ!」

 なんてことをしてくれているんだ。

「ここまでハンデがついてしまった今、確かにコロ様の仰る通りにするべきだと思います。私からも姫をお諌めして、設定を消去するのが道理かと……」

「そ、そうですよねえ? よかったよかった、さすが思兼命様、話が分かる。さあ天照、今の聞いていただろう? さっさとその物騒な設定とやらを、消去しておくれ」

 コロは天照に向き直り、そう訴えかける。

「できないのよ」

「は?」

「だから、できない、って言ってんの」

 明後日の方を見、ボソリと吐き捨てる。

「ななな、何言ってんだお前ええ!」

 ボールの原型も留めぬほど怒り狂ったコロと天照の間に、思兼が割って入る。

「先ほどお話しした神力制限のせいで、神界のPCにアクセスできないのです。お怒りはもっともですが、もはや試合に勝つしか手立てはございません。今は争っている場合ではないのです」

「思兼様の力でどうにかできないんですか? 偉い神様なんでしょう?」

 しかし目の前の執事は、力なく首を振る。

「姫の力で成された神事のプログラムを消去できるのは、最高権限を唯一有する姫のみです。私にはアクセス権がありませんし、それはあのご両親も同じです。そして姫が神力制限中の今、この世界でそれが成せるものは、もはや誰もおりません」

 なんてことだ。下手をしたら後一時間と少しで、成が死んでしまうということではないか。

「も、もともとそういう約束でしょ」とそっぽを向く天照に、抗議する力すら湧いてこない。

 あまりにも受け入れがたい絶望的な状況に、心がばらばらに砕けてしまいそうだ。

「そんな、そんなバカな! そんなバカなあ!」

 そうやって泣きわめくコロを、思兼は両手で叩くように挟み込み、そして抱え上げた。

「コロ様! 今は腹をくくるしかありません。どんなに最悪な事態でも、もう事は起こってしまっているのです。あなたの心の混乱は、一心同体である藤原成にも悪影響を及ぼします。逆にあなたが冷静に試合に望めるのであれば、最高のパフォーマンスを引き出せるかもしれません。いいですか? 藤原成を救えるのは、あなただけなのです!」

「僕だけが……」

 思兼の言う事は、確かに正論なのかもしれない。

 だが簡単に切り替えられることであるならば、そもそもここまで狼狽したりはしないのだ。

 いつの間にか、長い長い両校の校歌の斉唱は終わっている。  茫然自失の状態の中、無情にもキックオフの笛が鳴った。

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