コロ!! 第7章1話

コロ(小説)

7-1話

「なんじゃこりゃあ!」

 このセリフを発するのは、もう何度目だろうか?

 決戦の日、時刻は朝7時。

 朝食をとる成の肩の上、コロは雄叫びをあげ卒倒した。

「いやー、驚きましたねえ」

 父親の宗道が見るテレビの中、朝の情報番組の男性アナウンサーが興奮した声をあげ、コロの、いや、全国民の気持ちを代弁している。

「先ほど入った情報を、もう一度整理してお伝えします。本日より、埼玉県にある青海町が、山形県に編入、代わりに山形県にある山城町が埼玉県に編入することになりました。離れた県同士で、一つの町だけを交換するように編入しあうことは、過去に例がありません。また意味もありません。意味がないどころかデメリットしかないでしょう。様々な混乱、弊害が予想されます。例えば、今日行われる全国中学サッカー大会の県予選決勝。埼玉県で決勝に進出していた青海町の青海第一中学は山形県になったため、急遽山形のトーナメントに参加して、決勝を闘うことになります。そして代わりに山形の山城中学は、埼玉で秋菊中学と決勝を闘うことになったんですねえ」

 テレビの中で、ワケの分からないことをワケが分からないまま、アナウンサーが説明している。

 本来日本の行政区がどうなろうと、コロの知ったことではない。

 決勝当日いきなり秋菊中学の対戦相手が変わる――、などということが起きない限りは。

「あ、速報です、速報です」

 ピロリンピロリンとテレビから音が鳴り、「ニュース速報」と字幕が表示される。

「関係する省庁の大臣から、コメントがでたようです。その内容ですが、「急に思いついてやっちゃった。まあいっか、と思った」とのことです。これが正式なコメントとは信じられません」

 男性アナウンサーの言葉の後、画面下には大きく「大臣発言、まあいっか」、と表示された。

「いやあ、考えられないですよねえ。でも「まあいっか」と聞くと、「まあいっか」と思ってしまうものですねえ。たまにはこういった思い切った改革も必要なのかなあと。それになんだか温情深い美談のようにも感じられます。どこがと説明しろと言われたらできませんけれど、それも「まあいっか」と思っちゃうんですよねえ。皆さんどう思われますか?」

 頭のおかしい発言をしながら、アナウンサーが横に居並ぶコメンテーター達に発言を求める。

「僕もねえ、最初、この国はどうなってるんだと思いましたよ。でもねえ、よくよく考えてみると素晴らしい。どこが素晴らしいかって? 野暮だねえ、どこがと言えないところに素晴らしさが隠れているんだ。「まあいっか」って聞くと、なんだか安心するだろう?」

「私なんて涙が出ちゃって、ええ、もちろん感動で。この国もここまで来たかと、ええ、ええ。ほら、涙で毎朝二時間かけるお化粧がグズグズに。でもそれも「まあいっか」って思えるんですう」

「わたしゃね、長く落語をやってるけど、こんな上手い噺は聞いたことがない。「まあいっか」、いい言葉だねえ。これをお題に、ひとつ高座に上がるかねえ」

 元新聞記者解説員も女性経済評論家も、ここ最近人気ウナギ登りの毒舌落語家も、満場一致でこれを狂ったように褒め称えている。

「あ、また速報です。「まあいっか」が流行語大賞に決定しました! 候補や内定ではありません、決定です。まだ7月だというのに決定です。それに合わせこの番組名も「まあいっか!」に変わります。今この瞬間からです。ああ涙が止まらない。「まあいっか」、これよりスタートおお!」

 号泣し、絶叫しながら出演者達が抱き合っている。

 間違いない。

 天照大御神の仕業である。

 あのいかれた太陽神は、成達秋菊中学と難波宗率いる山城中学とを戦わせる為に、とんでもないことをしでかしたのだ。

「おいおい秋菊中学って、お前の中学校じゃねえか、成。今日の相手、変わっちまったのか?」

 目を丸くして宗道が言う。

「なんかそうみたいだね。びっくりした」

 朝食を咀嚼しながら言う成の顔に、それほど驚きはない。

 そして心が繋がっているコロには分かる。

 成はむしろ、突然現れた強敵を歓迎しているのだ。

 まさか試合に負ければ命を落とすなど、知りようはずもないのだから。

「で、相手強いのか?」

「去年の全国制覇校だよ。因みに四年連続」

 食パンを咀嚼しながら言う成の言葉に、宗道は更に目を丸くする。

「そりゃまあ大変だなあ。でも、まあいっか」

 最早天照の神力は、全国に届いているようだ。この藤原家も例外ではない。成も、事あるごとに「まあいっか」と呟いている。

 まあよくなどない。「命がかかってるんだぞ」というコロの叫びは、夢の中ではないので届かない。

「さて先ほど少しお話しした、埼玉県の全国中学サッカー大会県予選ですが、本日の決勝のため、昨夜密かに試合で使用する会場の改修工事が行われておりました。会場の田中さーん」

 テレビの中ではまだまだ一連の報道が続いている。アナウンサーの呼びかけとともに、中継先へと画面が切り替わり、マイクを構えた田中という女性アナウンサーが興奮した面持ちでレポートを始めた。

「はーい、こちらアマテラススタジアムの田中です。見てください、この立派なスタジアム! ここで今日、埼玉県の中学生代表をかけて、サッカーの試合が行われるんですねえ。いやあ、一夜で改修したとは、とても思えません。もはや天から降って来たと言ってもいいでしょう。え、それは言っちゃだめ? なんで? 本当のことだから? え、この執事みたいな糸目のおじいちゃん誰? ちょっとスタッフ、このコスプレおじいちゃんハケさせて――、あ、失礼しました。えっと、さあ、観客席を見てみましょう! ご覧ください、この観客の数! まだ朝の7時を過ぎたところだというのに、超満員です! その数なんと二十万人。このアマテラススタジアム、北朝鮮の世界最大だった会場十五万人を軽く超え、二十万人を収容する世界最大のスタジアムになったんですねえ。中学生の大会、それも県大会でここを使用し、しかも超満員! まるで夢でも見ているようですが、まあいっか、と思えてしまうのが不思議でなりません!」

「いやー凄いですねえ。試合の模様も、急遽生放送することが決定しました。あ、そこにいるのは応援団ですか、田中さん?」

「そうです、今から秋菊中学の応援団の皆さんに、お話をお聞きします。こちら応援団長のアマテラスさんですー。うわー、美人ですねー!」

 もしコロに目の玉があれば、飛び出しテレビの液晶を破壊していただろう。

 なんとテレビの画面には突如、混乱の根源であろう天照大御神が映ったのだ。

 いつもの七色に光る着物をハッピ風にアレンジし、どこから手に入れたのか、そのハッピの下には秋菊中学サッカー部のユニフォームを着ているではないか。

 メガホン片手に応援の音頭をとっていた彼女は、田中アナの呼びかけに応じ、カメラに向かってピースをする。

 あれほどコロに神の存在を気取られるなと釘を刺しておいて、自分は名まで晒してテレビに映るとは、一体全体どういうことだ。

 やりたい放題ここに極まれり、である。

 猫をかぶり、淀みなく田中アナの質問に答えた後「最後に一言いいですか?」と断りを入れ、天照はカメラを見る。

「あんた達、いつまでちんたらご飯食べてるのよ! とっととこっちに来なさい、えいっ!」

 画面の中の天照が腕を振り下ろしたその瞬間、コロ達の周囲の景色が一変した。

「なんじゃこりゃあ!」

 この短いスパンで、再びこれを叫ぶことになるとは思わなかった。

 だがそれもしょうがないというものである。

 説明するまでもなく、コロと成は天照の神力により、アマテラススタジアム前と思しき場所へ、瞬間移動させられた。

 コロと違い、成は試合前の大事な朝食をとっていたというのに、まったくもってとんでもない話だ。

 憤りながら成の様子を見やると、しっかり学校指定のジャージを着て、ユニフォームやスパイクが入っているであろうスポーツバッグを持っている。成自身、突然の移動も特段意に介していないようだ。

 このあたりのつじつまを合わせてくれるだけ、まだマシと思うしかない。そうでなければ試合前、我が身の上に突然降りかかった超常現象に、成は混乱すること必至だったであろう。

 ひとまずホッとしながらその隣を見て、再びギョッとする。

 なんと父親の宗道まで、一緒に飛ばされてきているではないか。

「まだパチンコ屋もやってねえしなあ。とりあえず客席にいるわ、頑張れよ成」

 飄々とした態度で片手をあげ、サンダルをペタペタ鳴らし、宗道は会場に消えて行った。

 コロは改めて辺りを見回してみる。

 目の前には禍々しいほど豪華に過ぎる、巨大な建造物がそびえ立っている。

 山城中学との練習試合で使用した、アマテラススタジアムに相違ない。

 先程のテレビ中継で漏れ聞こえた思兼の言葉から察するに、高天原からここへ丸ごと持ってきたのだ。

 アマテラススタジアムがいかに巨大とはいえ、あの悪夢の象徴である「引きこもりセット」、――もとい天岩戸に比べれば蟻のようなものだ。これくらいは造作無いことだとでもいうのだろうか。まったくでたらめな神である。

 そのアマテラススタジアムの前には時計台があり、こじんまりした広場が控えめに広がっている。神の創り賜う建造物に比べられてはあんまりというものだが、明らかにミスマッチだ。

 見ればその時計の針まで進んでおり、8時50分を指している。

 天照は場所どころか、時までも飛ばしていたのだ。

 もはや呆れるしかないコロの心も知らずに、秋菊中学のサッカー部員が続々と集まってきた。

 昨日成が飛鳥井に言った集合場所は、ここなのだろう。

「すげえ、ここで試合できんのか、俺たち! あ、ヘリが飛んでる! あれ、中継か? おーい、おーい! 俺たちが今日の主役だぞう!」

 挨拶もそこそこに、護がヘリコプターに手を振り、ハイテンションで叫びだす。他の部員たちも大騒ぎだ。

 だがそれも当然といえば当然か。ここは日本に突如出現した世界最大のスタジアムであり、初めて試合するのが彼らなのだ。

 試合前に疲れてしまうのではないかと思うほどのはしゃぎように、コロは少し心配になる。

 だが一人の少年の登場で、時計台前は打って変わって静けさを取り戻す。。

「飛鳥井!」

 飛鳥井雅が現れたのだ。

 何をしにきたのか、などと聞く者はいない。

 それは当然といえば当然で、飛鳥井の復帰は昨日のうちに、全部員に成よりメールで通達されていた。

 だが分かっていたこととはいえ、実際会うとなるとまた話は違う。

 この春入ったばかりの一年生などは、伝説の天才を初めて目の当たりにするのだ。

 皆一様に押し黙り、時計台前に緊迫した空気が流れる。

「おい、飛鳥井!」

 そんあ静寂を打ち破り、突然怒声を上げたのは護である。

 彼は部員達の輪から飛び出して、飛鳥井の前にその長身で立ちはだかった。

 護の上背はまだまだ伸び続けており、そろそろ180センチメートルに届きそうな勢いだ。大声をあげ肩を怒らすと、異常なほどの迫力がある。

「てめえコノヤロウ、今までさんざん部活をサボりやがって、どのツラ下げて来やがったんだ?」

 言うが早いか、護は飛鳥井のジャージの襟首を掴む。

 これほど身長差があれば、イジメか恐喝にしか見えない。

「俺たちが今までどれだけ頑張ってきたか、どんな思いでやってきたか、お前――、お前――」

 襟首を持つ護の手に力がこもる。

 そして次の瞬間――。

「――って、まあいっか」

 突然ひょうきんになる護の顔と、今朝から流行りだした謎の流行語に、皆がドッと笑う。

 怒ると見せかけた護のジョークである。

 敢えて手荒く出迎えれば、お互いギクシャクすることもない。

 飛鳥井も分かっていたのだろう、驚くことなく笑っている。

 護の優しさを、知っているのだ。

「お前、この場面で帰ってくるからには、大活躍じゃねえと恥ずかしいぜ? 頼んだぜ、天才!」

 そう発破をかけ、護が飛鳥井の背中をバンと叩くと、皆から「まあいっか! まあいっか!」と、「まあいっかコール」が巻き起こった。何が面白いのか分からないが、体育会系独特のノリ、というものだろうか。

 再びの大盛り上がりの中、成がスポーツバッグをゴソゴソと弄り、何かを取り出した。

 ユニフォームだ。

「お前の番号は変わってない、なんて言わないぞ。ビリッけつの24番だ」

 飛鳥井の胸元に、青いユニフォームが差し出され、同時に拍手が沸き起こる。

「山城中を、難波宗を倒して全国に行くぞ!」

 成の上げた号令に、全員が割れんばかりの大声で応えた。

 本当に素晴らしいチームだ。

 飛鳥井の復帰をやっかむ者など誰もいない。

 ポジションがボレンチへずれるタツヒコも、そのためスタメンから外れてしまった者も、みな飛鳥井の帰還を心から歓迎している。

 今正に、秋菊中学は本当の意味で一つになった。

 そしていよいよ、成の命をかけた決戦の時を迎えるのだ。

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