5-1
『悪かった。僕が本当に悪かった。もうお前の言うことを、疑ったり軽んじたりしないよ』
『やれやれ、まあ分かればいいさ。以外に早く、思い知る機会があってよかったよ』
『ああ。自分に問い、それに答え、また自分に問う。練習の時以外でも、普段の生活、歩き方一つにも自問自答を繰り返す。できていると思い込んでいることも、もう一度見直してみる。そしたら愕然としたよ。僕が既に会得したと思っていたことは、何もかも中途半端だったんだ。お前が前に言った「最初の一蹴り」もそうだった。あれから自分なりに練習したつもりだったんだけど、まだまだだったな。でもおかげで、骨身に沁みたよ』
『蛙が大海を知った、というわけか。じゃあ、次の学びに進むとしよう』
『おうとも! もう口答えはしないよ』
『それじゃあ君には、これから踊ってもらう。これは物の例えでもなんでもなく、読んで字のごとく踊ってもらう』
『踊り? 嫌だよ、何でそんなことしないといけないんだ。そんな暇はないんだよ。第一、みっともない』
『もう口答えはしないと、今言ったばかりじゃないか。それにみっともないのは、君の体の使い方のほうだ。それを矯正してやろうと言ってるんだよ。さあまずは構えからだ』
『いやだいやだ。そんなことするぐらいなら、僕はここから出て行ってやる』
『君はここにいる時と外にいる時では、まるで態度が違うねえ。これじゃあまるで駄々っ子じゃないか』
『それは――、こっちにも立場というものがあるんだ。一応、皆んなのまとめ役だからね』
『そりゃあ、ここには誰もこないけどさ。だからといって、子供のようなことを言ってる場合じゃない。このままじゃ、誰も君についてこなくなるぞ。それにこの時代、男子が舞うことは、特別珍しくはないんだろう?』
『まあたしかにそうだけど、僕はこれ一本でやっていきたいんだよ』
『その覚悟があるのなら尚のこと、体裁なんて気にせずにやってみなよ。ボクが君に、意味のないことを教えると思うかい?』
『うむむ、そう言われてはやるしかない……。でも本当に役に立つのかい?』
『応ともさ。最初に言ったことを、覚えているかい? 美しく、美しく、神々さえも魅了するほどに美しく。その準備として、君の体は随分機能的に、そして柔らかくなった。この舞を習得すれば、君の体は、まるで綿ぼこりのように軽くなる。さすれば清水の舞台の欄干を、蹴鞠(けまり)しながら往復できるようにもなるさ』
「一週間、とボクは言ったよね? そりゃあ無謀だとも思ったよ。サッカーはそんなに甘くない。でもタンカを切ってしまったからには、ボクも必死で頑張ったよ。成だってそうさ。だのにあれから半年間、これっぽっちの音沙汰もなかったのは、一体全体どういうことなんだい?」
あのアマテラススタジアムで行われた、山城中学校との練習試合から、半年もの月日が経過している。
成や飛鳥井、護達も、一学年上の中学三年生になり、季節はもう6月。
そして遂に今日は、全国中学校サッカー大会進出をかけた地区予選、その1日目である。
第一試合を目前に控えた、秋菊中学サッカー部のロッカールーム内で、コロが、半年ぶりに顔をみせた天照と思兼に吠えかかっている。
「コロ様、申し訳ありません。しかし天照大神様は、序列一位の最高神であらせられます。大変多忙な姫の時間を、サッカーだけに割くわけには――」
「あの山城中との試合の翌週、新しいゲーム機が発売されましたね?」
思兼命の言を遮り、コロは言う。
「品切れ品切れで、家電量販店には長蛇の列。ワイドショーに映っていたその列に、目を輝かせた序列一位の最高神が、ハッキリと映っていましたよ? なんとご多忙なことなんでしょうねえ」

難波たち山城中との試合の翌週に、仁天堂(じんてんどう)から発売された最新のゲーム機であるツウィッチは、空前絶後の爆発的ヒットを飛ばしている。家のテレビにつなげる家庭用ゲーム機であるにも関わらず、液晶画面付きの本体をワンタッチで取り外し、外出時にもその画面でプレイ可能というのが最大の売りだ。
家でも外でもどちらでも、という意味で、英語と数字で「2witch」と表記する。
発売後に品切れが相次ぎ、メーカーが総力を挙げて生産するも、全く需要に供給が追いつかず、ネット上では定価の倍ほどのプレミア価格で取引され、ちょっとした問題にもなっている。
「そして今、その天照大神様の両手に握られているのは他でもない、そのツウィッチじゃあないですか!」

半年ぶりに現れた天照は、得意の悪態すらつくことなく、ツウィッチでのゲームプレイに没頭している。コロの喚き声も耳に入らないようだ。
「遊んでいるように見えますが、これはあくまでサッカーの研究です」
思兼が苦しい言い訳を並べる。
確かにアマテラスの持つツウィッチからは、サッカーの実況音声が聞こえている。とはいえ、それでサッカーの試合を見ているわけではない。ただただサッカーゲームに興じているのだ。
「そんなものが研究といえますか? 全国のサッカー部員が、母親に、同じ言い訳してますよ。これはサッカーの研究なんだ、って。大体あなた方、eスポーツにも手を出し始めたでしょう?」
「ぎくり」
eスポーツとは、エレクトロニックスポーツの略称であり、最近では随分お茶の間にも浸透してきた言葉である。
そのエレクトロスポーツが何かというと、早い話が、コンピュータゲームをスポーツとして捉えよう、ということだ。
最近では、人間業とは思えない反射神経と精密な操作を武器に、プロとして活躍する若者も増えている。彼らに憧れるものを教育養成する、専門学校までできたとのことだ。
「コロ様、どうしてそれを……。あちらの活動では、メディアに映る時は変装していたはず……」
「わかりますよ。なんですか、「アマテラス杯」って。それに髪を短くしただけで変装だなんて、僕の目はごまかせませんよ。分かり易すぎて、ヘソならぬ空気穴でお茶が沸きそうになりましたよ!」
新しく立ち上げられたeスポーツの大会である「アマテラス杯」は、優勝すれば10億という破格の賞金設定が話題をさらい、マスコミにも大きく取り上げられている。さいたまスーパーアリーナで行われる戦いの模様を、ゴールデンタイムに生放送することもすでに決定しているのだ。国内eスポーツの規模として、ぶっちきりで最大級である。

大会名称とその派手さや規模からも、コロが天照の仕業と類推したことは至極当然といえるだろう。
「空気穴でどうやってお茶を沸かすのよ、バカコロ!」
「うげえっ」
突如眼前に現れたツウィッチに弾き飛ばされ、コロの体はロッカールーム内を跳ね回った。
「まったくもう。日本のパラメータが低く設定されすぎなのよ、このゲームは」
宝物のツウィッチでコロを殴打したことなど忘れたかのように、天照はゲームソフトへの不満を嘯く。

「あんた、eスポーツに文句つけてるけど、それはお門違いというものよ」
そう言われても、コロは今しがたのツウィッチによる撲殺未遂のダメージで、意識朦朧である。
「私がeスポーツに関わっているのは、あくまで仕事よ、仕事。ということは、どういうことか分かるかしら?」
「どういうことって、どういうこと?」
コロはふらつく頭を押して考えるが、まるで分からない。
「バカコロはバカコロねえ。いいこと? eスポーツに私が関わっているということは、日本にもeスポーツの神ができたということよ。そしてそいつはこの半年、あんたと違い上手いことやってみせたわ。天才ゲーマーに宿り、超絶プレイの動画をアップさせ、そのゲーマーを、日本のみならず世界中から賞賛されるプレイヤーに育て上げたの。それは、国内のeスポーツの地位向上に繋がり、巨大なイベントの開催にも漕ぎつけたというわけよ。勿論その神の序列も鰻登り。それにくらべて――」
ビシリ、とコロは、先ほど撲殺されかけたツウィッチで指さされる。
「あんたは一体全体何をやっていたのかしら? 序列は未だ最下位の八百万位。たまさか最下層の廃位が続いて命拾いしてるだけで、いつ消えてもおかしくないのよ、このダメコロ!」
なんてことだ。
自分とほぼ同時期に生まれたはずのeスポーツの神とやらが、そんなにも「できるヤツ」だったなんて。
「お気を落とされますな」
思兼が、天照に聞こえないよう小声でコロに語りかける。
「eスポーツの方では、結果を急ぐあまり、少々無茶をいたしまして……。そのツケをこれから払うかと思うと、ロクに髭型もきまりません。ですからコロ様は自分のペースで励んでください」
言われてみれば、いつもぴしりと整った白髭も銀髪も若干まとまりがなく、おしゃれな光沢のあるネクタイはひん曲がっている。心なしか顔色もよくないようだ。コロを励ますだけでなく、きっと本心でもあるのだろう。
考えてみれば、その大会の賞金もべらぼうに過ぎる。天照が、また無茶をしたと考えるのが自然だろう。
「で、このガキんちょ達は上手くなったんでしょうね? ――って何してるのよ、これ!」
天照が、成達の様子に目を剥き叫んだ。
当然といえば当然だ。
なにしろ大事な試合を控えた秋菊中学の面々が、何をしているかというと――
「バレエだよ」
コロはしたり顔でそう告げた。
そう、成達はサッカーの試合の直前、ロッカールームでバレエの練習をしていたのだ。
「アン・ドゥ・トロワ!」とフランス語で「1、2、3」を表す掛け声が響く。
「言い残すことは、何かない?」
怒りが瞬時に沸点に達し、破壊神と化した天照は、その掌に火花を散らす火球を浮かべ、コロに尋ねた。
「待って! 待っておくれ! 毎回説明してるだろう? まず、バレエを練習に取り入れる競技は、他にもたくさんあるんだ。思兼命様は、聞いたことありますよね? 熱い熱い! 僕の美しい合成ビニールが、溶けてしまう!」
思兼に助けを求める。もしこの老執事がそれを知らなければ、コロの体はドロドロに溶かされるのだろう。
「はて、野球でしたかな?」
「そうそのとおり! 繊細な体重移動が求められる野球には、うってつけら。熱つ、な、なんらか口が回らなくなっれきた」
「フン」と鼻を鳴らし、天照の掌からおぞましい火球が消える。
DFの護が「なんか暑いなあ」と言いながら、顔を手であおいでいる。
「ハアハア、助かった。まあそういうわけで、他の競技のエッセンスを取り入れることは、時に非常に効果がある。バスケットボールや陸上に、古武術の動きを取り入れる選手もいるくらいだ。ヨハン・クライフは知っているかい?」
コロは息を切らしながら、とあるサッカー選手の名前を挙げる。
ヨハン・クライフ、――それはペレやマラドーナといったレジェンドと並び、20世紀を代表する、オランダ出身のサッカー選手だ。
「それってクライフターンのクライフでしょ? これの中でも隠しキャラで登場するわ」
天照が「これ」と示したのは、彼女が片手に持つツウィッチでプレイしている、サッカーゲームのことだ。
なるほど、活躍が昔とはいえ、伝説のプレイヤークライフだ。最新のゲームでも、シークレットキャラとして登場したとしても、不思議ではない。
「そのクライフが、練習にバレエを取り入れていた、ということですかな?」
再びツウィッチをいじり始めた天照に代わり、思兼が尋ねる。
「いえ、クライフがバレエを習っていたわけではありません。ただクライフの、まるで重力から解放されたかのようなその動きは、バレエ選手からみれば、理想的な動きをしているんだそうです」
「なるほど。つまりコロ様は、逆にバレエの方から、ヨハンクライフなる者の動きに迫ろう、――というわけですな」
九死に一生を得た喜びをこめ、コロは何度もコロコロと頷いた。
「ほんとだ、こいつ変わった動きをするのねえ」
そんなコロの様子を歯牙にもかけず、ツウィッチの画面をこちらに見せながら、天照が器用にそれを操作する。
液晶に映るは、CGで体からその動きまでをリアルに再現された、ヨハンクライフその人の姿である。
「おやまあ、最近のゲームは凄いねえ」
熱殺されかけたことも忘れ、思わずコロは感嘆の声をあげた。
天照の操作を受け、仮想のピッチを駆け回るクライフは、まるで本物のそれのようだ。
芝生の上を、まるでスケートリンクを滑るがごとく動くその様子まで、完璧に再現している。
「じゃあ、このガキンチョ達も、クライフターンができるようになったの?」
天照が目を輝かせて尋ねてくる。
クライフターンとは、ヨハンクライフが現役時代多用したターンのことだ。ボールを蹴るとみせかけ軸足の裏に通し、瞬時に方向転換する。
この技を絡めた華麗なドリブルで、クライフは周りのトッププロを、子供扱いするかのように抜き去った。
といってもクライフターンは、形を真似るだけであればそれほど難しい技ではない。
だが、実戦の中トップスピードで効果的に使えるか、と問われれば、「非常に難しい」というのが正しいだろう。
それに、成達にバレエの練習をさせているのは、クライフのような美しい体の使い方を目指すからであって、クライフターンのためではないのだ。
しかし馬鹿正直にそう答えては、コロに待つのは消し炭の運命である。
「も、もちろんだよ。奥の手だから、こんな地区予選の一回戦なんかじゃださないけどね」
引きつる笑顔で、こう答えるより他ない。
半年と言わず、一生放っておいてもらったほうがよかったな――、ロッカールームの天井を仰ぎ、コロは大きくため息をついた。
センターサークル前に、秋菊中学の十一人が並ぶ。
そして向かいには、地区予選一回戦の対戦相手である八雲中学校のイレブンが並ぶ、――はずなのだが、どう見ても一人多い。というよりも明らかに一人、部外者が混じっている。
サークルを挟んだコロと成の真ん前には、八雲中学のユニフォームではなく、黒いタンクトップ姿の男がいるのだ。
ボディビルダーのごとく巨大に隆起した筋肉を持ち、肌は褐色に光っている。完全に部外者で不審者であるというのに、審判はその筋肉男に見向きもしない。
どういうことかと訝りながら、コロはその不審者を観察する。
真っ赤な髪はボサボサに逆立ち、下は短パンを穿き、足元などは草履である。
いや、草履がどうのという前に、その両足は、なんと地面から浮いているではないか。
まさかこの不審者は――。
「なんであんたがここにいるのよ、スサノオ!」
コロが疑問を口にするより早く、天照が叫んでいた。
「なんでって、そりゃあ姉ちゃんを倒すためよ。俺様の、このサッカーチームでなあ」

短いセリフではあるが、そこにこめられた情報は多く、コロはたちまち混乱する。
この浅黒いマッチョマンは今、サッカーで天照を倒すと宣言した。
そのうえ彼はなんと、天照のことを「姉ちゃん」と呼んだではないか。
「姉ちゃん」という言葉が若い女性全般を指すのではなく、文字通り「姉」を指す言葉であるのなら、このスサノオと呼ばれた筋肉男は、天照の弟ということになる。
序列一位の太陽神の弟であれば、その者も、違うことなき高位の神であろう。
そもそも宙を浮き天照と言葉を交わしているのだ。人であろうはずもない。
「須佐之男命(スサノオノミコト)様は、天照大神様の弟君であらせられます。お二人の仲は、それはそれは険悪で、出会えばトラブルしか起こりません」
思兼の絶望的な説明に、コロは目眩を覚える。
大事な地区予選の初戦で、このややこしそうな赤髪のマッチョ男ことスサノオは、対戦相手のサッカーチームを使い、何かすると嘯いているのだ。まったくもって迷惑このうえない。
「因みに、天照様が最初に引きこもる原因となったのが、このスサノオ様です」
そんなもの、もはや災厄といってよいではないか。
またしても地球は存亡の危機をむかえている。一体全体、この国の神はどうなっているのだ。
「よく分からないけど、姉弟喧嘩は、よそでやってくれないかい? 今日は大事な試合なんだ。それにこっちのチームは、別に天照のチームじゃあないんだから、勝ってもお姉さんを倒したことにはならないよ?」
コロは懸命に説得を試みた。
そうなのだ。そもそも天照は、コロと成の敵でこそあれ、味方ではない。嫌がらせをする、障害そのものだ。あのスサノオという弟は、大前提を履き違えている。どうせなら、eスポーツあたりで戦ってほしいものだ。
だがそんなコロの願いは、紙くず同然に一蹴された。
「黙れこのフンコロ。貴様ごときが俺様に口をきけると思うなよ。皮をはいで、ペットの八岐大蛇(ヤマタノオロチ)に喰わせてやろうか」
だめだ。さすが天照の血縁である。口汚さが彼女そのものだ。そしてその内容は、人のそれとは次元が違う。
「いいわよ、受けて立つわ! 私のチームが、アンタなんか黄泉に送ってやるわ。あ、それじゃあ黄泉の国にいるママに会えるわけだから、マザコンのアンタには嬉しいだけか。やーいマザコン」
「誰がマザコンだ! そういう姉ちゃんは、ただの引きこもりじゃねえか。しかも、裸踊り見たさにノコノコ出てくる変態だ。やーい変態」
「だまれマザコン!」
「うるさい変態!」
もはや姉弟の罵り合いは、人間のクソガキ以下である。
「おやめなさい!」
そんな矢先に響き渡った二神を一喝する声に、コロは思わず首を竦める。
そして一拍おいて、辟易とする。
なにせ聞こえてきたのは女性の声で、思兼の嗄れた男の声ではない。
ということはその声の主は、またも新手の神である。どうせロクなものではない。
「おやめください、おねえさま。スー君もダメよ」
センターサークルに置かれたボールの上に、純白の着物に身を包んだ、美しい女性が現れた。
黒々とした長い髪は、折れ目一つないサラサラストレートで、フィールドを漂う風に、芸術的に揺れている。
端正な顔は、どこか幼さを併せ持ち、正に神々しいまでの美しさを兼ね備えている。

端的に言ってしまえば、「めちゃくちゃカワイイ」のである。
おまけに胸は、着物の上からでも分かるほど、大層豊かであらせられる。
着物の上からでもツルペタと分かる何処ぞの太陽神とは、雲泥の差といえるだろう。
「クッシー!」
と、ツルペタの神こと天照が、スサノオとの罵り合いを止め、嬉しそうな声をあげる。
その呼び名には聞き覚えがある。たしか天照のポカモン仲間ではなかったか?
二人は手を取り合い、「久しぶりー」と嬉しそうにはしゃいでいる。
「あのお方は、クシナダヒメ様。スサノオ様の奥様です」
「ええっ? あの赤髪マッチョの奥さんなの? それじゃあ美女と野獣そのものだ」
もはや説明おじさんと化した思兼のその言葉に、コロは衝撃を受ける。
ここまで不似合いな夫婦など、存在してよい筈がない。きっと弱みを握られているに違いない。
そして天照は、クシナダヒメにとって義理の姉にあたるというわけだ。そういえば先ほど「おねえさま」と呼んでいた。あれは「お義姉さま」ということだったのだ。
確かにこの美しく気品溢れるクシナダヒメが、あの口汚い二神と同じ血を引いているはずがない。
「あなたがコロちゃんね? はじめまして」
クシナダヒメが、天女の微笑みをコロにむける。
「僕のことを知っているの?」
「ええ。お義姉さまは、いつもコロちゃんの話ばかりしているわ」
それが良い話であるとは限らない。どうせ悪辣に罵っているのだろう。
「フン、ダメなポカモンをダメコロと呼んでいるだけよ」
やはりそうだった。捕らえられたダメポカモン達は「このダメコロめ」となじられ、始末されているに違いない。
「もう、そんなことばかり言って。とにかくお義姉さまも、スー君も、子供達の邪魔しちゃだめですよ。今日は中学生達の神聖なサッカー大会、その初戦。私たち神々は、慈悲深く見守ることが仕事でしょう。一緒に静かに観戦しましょ? スー君もいいわね」
「うん。ぼ、僕マザコンじゃないからね、クーちゃん。嫌いになったりしないよね?」
スー君と呼ばれたスサノオが、モジモジしながら気色の悪い甘え声で弁解している。どうやらこの夫婦の力関係は、クシナダヒメの方が、圧倒的に上のようだ。
しかしこの二神が、「クーちゃん、スー君」と呼び合うのは、如何なものか。
コロが呆れてため息をついた時、キックオフの笛が鳴った。
神々が言い争っている間に、なんと試合が始まってしまったのだ。
「うちのチームが、あんたなんかコテンパンにやっつけるんだからね、スサノオ!」
そういえばどさくさに紛れて、秋菊中学サッカー部は天照のチームということになってしまっていた。
どうかみんなに厄災が降りかかりませんように、と神に祈る矛盾を抱えながら、コロは試合に集中した。
コメント
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