コロ 第四章 1話

コロ(小説)

あらすじ

コロこと胡炉玉命(コロタマノミコト)は最高神である天照大神(あまてらすおおみかみ)とその執事である思兼命(おもいかねのみこと)により目覚めさせられ、自分が『サッカーボールの神』であることを知らされる。
コロを、サッカーの天才と称される飛鳥井雅(あすかいみやび)に宿らせようと計画していた天照達だったが、それを知る由もないコロは無意識のうちに藤原成(ふじわらなり)という少年に宿ってしまった。
成と共に生きる条件として、全国中学校サッカー大会予選突破を約束させられ、叶わぬ場合は成の命が奪われることとなってしまう。
自身の力のなさを嘆くコロだったが、思兼の取りなしもあり、天照から新たな能力を授かった。 その甲斐あって目覚ましい成長をとげる成だったが、そんな折、成は飛鳥井雅と対峙する。
成が勝てば飛鳥井が部に戻ることを条件に1対1の勝負をけしかけたものの、惨敗を喫することになってしまう。
果たしてコロは成を高みに導けるのだろうか?

4-1

『最低だ。あんなにも無様に負けるなんて。僕だって、ちょっとは上手くなったつもりだったのに』

『まあまあ、しょうがないさ。まだ勝負は始まったばかりだろう? ボクと特訓し始めて、まだそんなに経っていないじゃないか』

『いくら時間をかけたって、あれだけの差が埋まるもんか。見ていただろう? 完敗だったじゃないか。その上あっちは、更に高度な練習をしているんだ。逆に差が広がるばかりだ』

『まあまあ』

『まあまあ、じゃないだろう? なんだよ。柔軟体操ばかりしていたって、この差が埋まるわけがないじゃないか。練習内容が悪いんだよ』

『なんだい、ああそうですか。せっかく今日から新しい練習を始めようと思ったのにさ。これを取り入れれば、君も一躍雲上人に……』

『ええっ? それを早く言っておくれよ。早速始めよう!』

『ちょ、ちょっと待っておくれよ。まずはこのお茶を飲んでから……』

『茶なんていつだって飲めるだろう? そんなナリをして、変な奴だな』

『何を言ってるんだ。ボクがお茶やお菓子を楽しめるのなんて、ここにいる間くらいのものじゃないか』

『わかったよ、さっさと飲め。ほらググッと。そうそう、いい飲みっぷりだ。さあ教えておくれ』

『げっぷ、次はお茶菓子を……うわあ、まだ引っ張るんじゃない』

『ほらほら、こっちは時間がないんだ。早く教えてくれよ』

『なんだか随分扱いが変わったなあ。仕方ない、じゃあ始めるとしようか。いいかい、君はね、最初の一蹴りがよくない』

『最初の一蹴り? 一打目ということ?』

『そのとおり。そこでしっかり操れていないから、後が続かないんだよ』

『そんなことは分かってるよ』

『いいや、分かっていない。皆そうだ。なぜならこれは、非常に地味な技術だからね。皆なんとなくやっている。これくらいでいいかと、できた気になる。だけどそれじゃダメなんだ。「始めに二度なし」っていうだろう? 「覆水盆に返らず」ともいう』

『知らないよ、そんな言葉』

『ああこれは大陸から来た言葉だったか。学が無いのは、今はまあいいとしよう。とにかく始めが肝心、始めに二度なし。これを肝に命じてやっていれば、自ずと結果がでるはずさ。じゃあボクはお茶菓子を……』

『何言ってるんだ。お前がいないと、ここじゃあ練習にもならないだろう? さあやるぞ』

『痛い痛い、毛を引っ張るんじゃないと言ってるだろう。君もたまにはお茶でも飲んで、ゆっくり物事の意味や理由を自らに問うことが必要だ。それがないから君のやってることは、ただの球蹴り止まりなんだよ』

『そんなこと言ったって、球を蹴る競技なんだから仕方がないだろう? その意味なんか問うたって、それこそ無意味さ』

『駄目駄目、まずどうしてかと自分に問う。何故自分はこれを蹴るのかと。答えが出ればまた己に問いかける。例えば膝の角度、腕の位置、指の形、いや、爪の先、いやいや、髪の毛一本の動きに至るまで。そしてそれらの問いに自ら答える。これこれこういう理由があるのだと。それが済んだらまた自分に問う。問う必要が無くなるまで自問自答を繰り返す。百術千慮に千思万考、さすれば眼光紙背に徹するはずさ。ああしかし、これはうまい饅頭だなあ、もぐもぐ』

『訳わかんないこと言ってるんじゃないよ。僕は体を動かさないと、やった気にならないたちなんだ』

『やれやれ仕方ない。技術を磨くだけじゃ意味がないということを教えてくれる相手に、いつかきっと出会うだろう。その時にまた同じ話をするとしよう』

「なーんでせっかく太陽神が来てるのに、雨が降るかねえ。こんなに空気の読めないここらの龍神は、油で揚げてエビフライにでもしてやろうかしら」

 雨の降りしきる放課後の中学校の敷地内で、この国の最高神が最低なセリフを吐き捨てる。

「太陽神なら晴れさせておくれよ。こう毎日毎日雨が降ってちゃ、ロクに練習もできないじゃないか。そもそもあなた達が働かないから、こうやって雨が降るんじゃないのかい?」

 コロは、どう見てもさぼっているとしか思えない、暇そうな二神に抗議する。

 二神とは無論、目の前にいる天照大神(あまてらすおおみかみ)と、執事役の思兼命(おもいかねのみこと)のことである。飽きもせず今日もまた、コロと成のいる秋菊中学校のグラウンドで暇をつぶしているのだ。

「それは違います」

 何度も聞いたフレーズを、臆面もなく老執事は口にする。

「はいはい、もういいです。どうせ天照が無理やり晴れにすると、皆が焼け死ぬとかそんなのでしょう?」

 コロは思兼の説明を聞くのも面倒くさくなって、続くであろう思兼の言葉を適当に遮った。

「ご名答です」

 そう言い、スタイルのよい老人はにっこり笑う。

「ええっ、ご名答なの?」

 なんてでたらめな神なのだ。そもそも何のために必要なんだ、この天照という神は。

「1991年でしたか、姫が雨を少し止めただけで、その年は随分水不足になりました。天照大神とは、それ即ち日輪の意。そこにおられるということが、なによりも重要なことなのです。何もしない、何もさせない。ただただ空っぽの頭をさらに空っぽにしていただき、何の役にも立たないような、くだらない娯楽に興じていただく。それが、この世界の平穏の秘訣でございます」

 悪口を通り越して、罵詈雑言といっていい。

 そして聞きようによってはとんでもなく悪い大人のセリフだが、コロもそれには全面的に賛成するより他ない。

 天照大神という神は、性格が厄災そのものといえるのだから、仕方がないというものだろう。根性の曲がった太陽が自発的に動きだすなど、想像するだに恐ろしい。

 そんな感想を浮かべていると、突如コロの体を何かが貫いた。

「あんたの考えていることなんか、こっちには筒抜けなのよ。性格が厄災? 根性の曲がった太陽? じゃあご期待に応えて、あんたにとって、その通りに振舞ってあげようじゃないの」

 見れば、ぎらりと目を光らせ恐ろしいセリフを吐く天照の人差し指から、なにか一筋美しい光線のようなものが放出されている。そしてそれは真っ直ぐに自分の方へ伸びており――、いや、伸びているだけではない。なんとその光線は、コロの体を貫通しているではないか!

「うわあああ! これは本当に死んじゃうんじゃないのかい? やりすぎだ! 抜いてくれ、これを早く抜いておくれ!」

 この光線が、抜くものであるのか、はたまた消失させるべきものであるのか、そんなことは今極限状態にあるコロには分からない。ただ、ブスブスと煙を上げ燃えるゴムの匂いと猛烈な痛みが、コロに生命の危機を告げている。

「あら、抜いちゃっていいのかなあ? あんたボールみたいなナリしてるんだから、これを抜いたら穴が空いて、空気が抜けちゃうんじゃないかしら?」

「く、空気が抜けると、ボクったらどうなっちゃうの?」

「そりゃ死ぬでしょ。御愁傷様」

「うわあああ!」

 もう終わりだ。

 なにせ五百円程もある穴が、光線の入り口と出口、二つもコロの身体に空いているのだ。この光線が無くなれば、あっという間に空気が無くなり、自分の命は途絶えてしまうのだろう。

 見逃される可能性はあるのかと、その元凶である天照大神の表情を窺ってみれば、彼女はこれ以上楽しいことが他にあるかといわんばかりに、高笑いをきめているではないか。

 絶望が幾重にもコロを襲う。

「姫様、もうそのあたりで」

 そう言い、思兼命が「パン」と柏手をうつと、コロを貫いていた光線は霧散した。

 しかしそれは、コロにとっては死刑宣告に等しい。何故なら天照の言によれば、このままではあっという間に空気が抜けて、コロは死んでしまうのだから。

「し、死んじゃった! ボクったら、死んじゃったあ!」

 コロの精神は、もはや発狂状態である。

「ご安心を。先ほど見たものは幻覚です。コロ様の体に、なんの異常もありません」

「へ、幻覚?」

 思兼の言葉を聞き、コロは自分の体を確認してみる。するとどうだろう。穴を開けられたはずの箇所に、なんの異常もないではないか。

「ほ、本当だ。ボクの美しい合成ビニールの肌は、全くもって無事だった! なんてことをするんだ、この洗濯――」

「コロ様」

 思兼命は、両手でコロの体を掴むと同時に自身の眼前におき、真剣な表情で呼びかける。

「今回は幸い幻覚ですみましたが、姫がその気になれば、先ほどの出来事は簡単に実現できることをお忘れなく。そして姫様――」

 執事はコロから目を切り、天照に語りかける。

「最近は神々の世界でも「パワハラ」が度々問題になっております。そしてそれは、序列が離れていればいるほどに、非難の声が大きくなりますこと、ご理解ください」

「ふふん、パワハラ委員会ごと燃やしてやろうかしら」

 人差指を中心に巻き起こる禍々しいエネルギー体を見ながらそう呟く日輪の神は、コロの目にはもはや邪悪な悪魔としか写らない。幻覚といえども、感じた苦痛と恐怖は本物である。

「まあ、これくらいで許してあげるわ、タマコロ。さっさとあのボンクラの、練習の成果を見せなさいよ」

 そう言われても、コロからすれば九死に一生を得たばかりなのだ。とてもサッカーの解説ができる状態ではない。何か喋ろうにも「あうあう」としか言葉がでない。

「姫様、これは少し間をおかねばなりませんな」

「なによ、しょうがないわねえ。聞いたわよ? あんたがそんなんだから、飛鳥井にボロ負けするのよ。情けない。お似合いのコンビね、あんたたち」

 天照は「ボロ負けー」と罵りながら、手を振り訳のわからない動きをする。

 そのあまりの性根の悪さが、廃人、いや廃棄ボールと化していたコロの心に火をつけた。

「バカなことをいうな! ボクはダメでも、成は立派に頑張ってるんだ! さあ、見てご覧よ」

 気力を取り戻し、コロは叫んだ。

 秋菊中学校サッカー部は、現在「雨練」の真っ最中だ。

 雨練とは、その名の通り雨の日の練習を指し、屋外で競技する部は雨が降ると、すべからくこの「雨練」用に練習メニューを切り替える。

 勿論グラウンドは使えない為、練習する場も、雨の影響のない場所に変わる。

 美術教師が顧問を務めるバスケットボール部は、美術室の机と椅子を端に寄せ、筋力トレーニングに勤しんでいるし、野球部は、体育館周りの屋根のある通路で素振りをしている。

 ではサッカー部に割り当てられた場所はというと、本校舎から少し離れた木工室までを繋ぐ、渡り廊下である。

 屋根は簡素なトタン作りではあるものの、比較的長くフラットでストレートなスペースを確保できるため、サッカー部にはうってつけの練習場だ。何故なら、ボールを使った練習ができるからだ。

 雨の日にもボールを蹴れる環境は、全国のサッカー少年達が切に願う、憧れといってもよいものだろう。勿論、屋内練習場を備える名門私立中学や、ジュニアユースチームなどとは比べるべくもないのだが。

「見てご覧、って、あの子達、パス練習してるだけじゃない」

 天照が呆れたように言う。

 確かに成達サッカー部員はトタン屋根の下、一様に対面パスの練習をしている。

 サッカーの練習としては、基礎中の基礎の一つである。二人一組で向かい合い、一方がだしたパスをもう一方が受け、パスを返す。それの繰り返しである。

 小学生がサッカー教室に入ったその日、いや、下手をすると、入ったその日の一番最初にやらされる練習かもしれない。

「頑張っていると仰られましても、これではいささか成果を計りかねますな。やはり晴れた日に出直した方がよさそうです」

 思兼も、首を傾げてしまっている。

「やれやれ。やっぱりお二方とも、サッカーに関しては、まるでシロウトだなあ」

「あんた、次は警告無しに消し炭にするからね。憎まれ口叩かずに、さっさと説明なさい」

 天照の指先が怪しく光り、バチバチと火花を散らす。

「わ、わかったよ。ボクが夢トレで教えたこと、それは、飛んできたボールの勢いを殺して足元に収める、「トラップ」という技術のことなんだ。待って、怒らないで! わかってるよ。そんな地味な技術教えて何になるんだ、って言うんでしょう? そんなの誰でもできるじゃないか、早くシュートや派手な技術を教えろ、ってさ。だけど、だけど聞いてほしいんだ。ことサッカーにおいて、こんなにも大切な技術はないんだよ。これを見ただけでその選手の力量がはかれるほどといってもいい。味方からパスが来た時、ワンタッチで自分の有利な位置にボールを置ける。たったそれだけのことでも効果は絶大だ。相手のプレスが自分に到達するまでに、周りを見て余裕をもって行動できる。選択肢が増え、そのうえプレイスピードもあがる。トラップのことを、ファーストコントロールと呼ぶこともある。サッカーという競技は、基本的にこのファーストコントロールで成り立っているといっていい。ドリブルはファーストコントロールの連続ともいえるし、パスやシュートもまた、動いているボールをコントロールするという点で、その延長線上にあるといえる。いつか君が完璧なファーストコントロールを目の当たりにした時、それはまるで魔法のように見えることだろうっ!」

 コロは消し炭にされてはたまらないと、息継ぎもせずに捲したてた。

「なーにが魔法よ、このバカコロ」

 パシリとはたかれるが、あの恐ろしい謎の光線に比べれば、こんなものは撫でられるようなものである。コロは構わず説明を続けた。

「今、成たちは、ただパスをして、ボールを受け渡しているだけのように見えるよね? だけど同じ練習でも、今までやっていた練習とは、意識していることが全然違うんだ。何が違うか具体的にわかりますか、思兼命様?」

「はて」と呟き、この品のよい執事は、腕を組み軽く握った拳を口元にあて、思考を巡らす。

「皆、パスを受けトラップした際、ボールが置かれる位置が、同じに見えますな。自分の前方で受け、ワンアクションで次の動き、――シュートやパスにすぐに移れる場所にボールを置いてるように見受けられます。いや、置こうと努力している、と言った方が正しいですかな」

「その通りです! 流石よく見ていますね。おっしゃる通り、確かに成以外の部員達はまだまだ怪しいけど」

「それにパスのスピードも、必要以上に速いようにみえる。なるほど、パスの練習というよりもトラップの練習、ということですな。普通ならこうした練習は、ボールを蹴る、つまりパスをだす方に気持ちを置きがちでしょう。どうしてもトラップのことはおざなりになってしまいそうだ。トラップの練習だと意識して臨むだけで、まるで違う練習になるということですな。そのうえで、鋭いパスの練習にもなる」

 思兼は、この練習におけるコロの狙いを、すべて言語化してくれた。それが非常に心地よい。例えるなら、食レポ達人のコメントを聞く、シェフの気持ちといったところか。

「わかったか、この味オンチ三流貧乳タレントめ!」と、性懲りも無く心の中で叫びながら天照の方に視線を移すと、意外なことに、彼女は満面の笑みをうかべている。

「なるほどなるほど、胡炉玉命(コロタマノミコト)、サッカーボールの神よ――」

 天照が、持って回った物言いで、コロに語りかける。

 コロはなんだか嫌な予感がして、無い筈の全身の毛が総毛立つ。

「そんなに言うなら、成果を見せてもらおうかしら。練習試合をしましょう。――今日、今すぐに、ね?」

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