コロ!! 第三章 3話

コロ(小説)
朗読小説【コロ!!】 3章 第3話「二人傘の下」

3-3

「ちぇっ、結局雨が降っちまった。なんだよ今日の天気は。晴れたり曇ったり雨降ったりが激しすぎるぜ」

 先ほどアイポンXを買うために、徹夜で並びに行くと豪語していたチームメイトの護(まもる)が、ぼやき声をあげる。

 護という名前だからDF(ディフェンダー)としてチームを護るんだというのが口癖の彼だが、まさか自分の一言が先ほど世界を護ったとは、夢にも思わないであろう。

 落ち着いた雰囲気の成とお調子者の護は、ともすれば正反対の性格といえるのだが、不思議なことにウマが合う。

 練習が終わった夕刻の今、雨に降られながら共に下校の途中である。

「あんなもの、こんな田舎に売ってるわけないだろう? ああいう類のものが発売日に手に入るのは、きっと都会のショップだけさ」

 成が「やめとけ」と護を諭す。

 お調子者の護のことだ。どちらかというと、彼が話題作りの為に徹夜で並ぼうとしているということが、長い付き合いの成には分かっているのだ。

 そして、そうした成の心情が、コロには分かる。

 今や、ボールを蹴っていない時でも心の動きが読み取れるほど、コロは成の心にシンクロしている。

「ところで成。お前、最近ほんと上手くなったよな? あのヨガ以外にも、なんか秘密があるのかよ? それとも新キャプテンの自覚ってやつ?」

 長身の護が、傘を回しながら成に尋ねる。

「いやあ、それがよく分からないんだよなあ。朝、目が覚めると上手くなってるというか……。それに付随して、なんだかんだと練習法を思いつくというか……」

「なんだそりゃ。天才君のセリフだぞ、それ」

「やめろよ、本当にそうなんだから、仕方ないだろう?」

 それはまさしくコロとの「夢練習」の成果といえる。

 どんなもんだい、とコロは一人で胸をはった。

「まあ上手くなる時って、そういうもんなのかもな。しかし、もう一人の天才君は、ほんとに来ねえよなあ」

「飛鳥井、か……」

 突然、成の心がざわざわと動く。

 話題にあがった飛鳥井のプレイへの憧憬(しょうけい)の陰に、嫉妬、羨望、劣等感といったものが見え隠れする。

「へえ!」

 コロは思わず声をあげた。

 成にしては珍しい感情である。

 どちらかといえばこれは「負」と呼ばれるカテゴリーに分類されるものだろう。

 だがコロはむしろそれを歓迎し、安心する。

 なぜならこれは、ライバル心というものだ。スポーツ選手として大成するために、この感情は必要不可欠といってよい。

 普段は優しい成ではあるが、負けたくないという気持ちは、実は人一倍強い。

「学校も休みがちみたいだしなあ。もう一度説得してみちゃあどうだ? 先輩達もいなくなったし、お前がキャプテンになってから、まだ一度も来てないだろう? 来れば考えも変わるかもしれないじゃんか」

 護のその言葉に、成は傘の下で首をふる。

「あいつはレベルが違うよ。ここがこんなど田舎じゃなかったら、とっくにジュニアユースチームに入ってるだろうさ。飛鳥井から見れば、俺たちのやってるのはゴッコさ」

 お調子者の護も、流石に茶化しはしない。そして何も言わないことが、同意の現れといえる。

 コロは、未だ飛鳥井のプレイを目にしたことはないが、それほどの逸材だというのだろうか。

「今考えれば、俺達が先輩達から飛鳥井を庇えなかったことも、あいつが部活に姿を見せない原因の一つかもしれない。俺はあいつの、仲間だったはずなのに」

 そう口にした成の心が、重く沈む。シンクロしているコロの心も暗くなってしまう。

 まるで、空気孔から鉛の空気を注入されたかのようだ。

 先輩達から飛鳥井への圧力は、相当なものだったのだろう。成から強い自責の念が感じとれる。

 護や、同学年である他の二年生の部員達も、それぞれ思うところがあるのだろう。

 だが全員、一つ歳が上であるだけの、このあいだ引退した現3年生に、何も言えなかったということだ。

 どうして部活動というものは、ここまで苛烈な上下関係が形成されてしまうのだろう。

 コロは、とことん疑問に思う。

 識者達は言う。

 その中で、社会に出た後役に立つ、縦の関係というものを学ぶのだと。

 その中で、後輩は先輩を敬い、先輩は後輩に愛ある指導をするという、美しい関係を知るのだと。

 相互に健全な心を養うのだと。

 だが本当にそうなのだろうか?

 全てを否定するつもりはない。

 しかし、複雑な心を持つ思春期の子供達の中に厳格な序列を与えてしまえば、そこで起こりうるものは悲劇である可能性が高い。

 そして、その中で生きる、多感な少年たちの心が歪に歪んでしまうことは、火を見るより明らかではないか。

 第一、仮に識者達の弁が正しいとすれば、帰宅部の学生達はどうなるのだ。

 彼らは皆一様に、社会に出た後未熟なのか?

 逆に、運動部出身の彼らは皆一様に、社会に出た後優秀であるのか?

 そんなことはない。

 部活動における上下関係に、幻想を抱いてはならないのだ。

 時に美しくクローズアップされるものの影に、悲惨で陰鬱な闇が潜みうることを、教育者達は知らねばならない。

 これは何かでインタビューされた時、滑らかに答えられる為に覚えておこう。

 コロは鼻息を荒くして、今思ったことを心のメモに書き記しておいた。

「でもさ、実際このあたりから通えるようなユースチームは、無いじゃねえか。あいつだってサッカーのことメチャクチャ好きだし、練習できないのは痛いはずだぜ? サッカーは一人じゃできないからな。先輩達は引退したし、俺らは一年生に辛く当たらないって、わざわざ何回もミーティングまでして決めただろ? 俺らの代で負の連鎖は終わりにしようってさ。現に今、部の雰囲気はいい。一年生ものびのびやってる。イジメみたいなものもねえ。かといって緩んでいるわけじゃあない。あいつが戻ってくりゃ、俺がDFラインを統率して、飛鳥井がトップ下、そのパスを成、お前が受け取ってゴールを決める。それができりゃあ――。いや、違うか。それじゃあなんだか、あいつのサッカーの力だけしか見てないことになる。俺はただあいつとお前と――、ああ、上手く言えねえなあ」

 いつしか雨の中、成と護は立ち止まっていた。

 ここは丁字路。

 二人の家路はここで左右に分岐するのだ。

 しかし話は終わっていない。

 だが、話せど答えなどでない。

 二人とも、心の機微というものが、少しだけ分かり始めたくらいの年頃なのだ。

 悩みが悩みを呼び、またそれが彼らを悩ませる。

 人はそれを、成長と呼ぶのかもしれない。  

 コロはそんな二人の青春を、傘の下で見守り続けた――。

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