コロ!! 第三章 2話

コロ(小説)
朗読小説【コロ!!】 3章 第2話「夢の中のレッスン2」

3-2

ヨガをアレンジした一連のメニューが終了し、秋菊中学のサッカー部員はボールを使った練習に入る。

 まずは輪になってボールを素早く回す、ロンドからだ。

「鳥かご」とも呼ばれるその練習は、五、六人で形成された輪の中に、一人ないしは二人ディフェンスが入り、パスカットを狙う。ボールを回す者は、カットされないように正確なパスを出し、そして受け取った者は正確にボールをトラップし、ディフェンスに詰められる前にまた別の者にパスを出さなければならない。

 サッカーの基本が全て詰まったこの練習を、行わないチームは無いといえる。

「さあ見てくれ、成のこの華麗なパス回し――ってどこ行くんだよお!」

 天照はこちらを見ることなく、ふわふわと空へ浮かんでいく。

「なんでこんな中坊のパス回しを、私が見ないといけないのよ? 試合になったら呼びなさい。私ちょっと寝るから」

 そう言うなり、天照はどこからか巨大な羽毛布団を召喚し、空中であっという間に寝てしまった。

「なんだよそれ。一体何しに来たんだか」

 コロはコロコロと憤慨した。せっかく成のいいところを見せるチャンスだというのに、寝てしまうとは何事だ。それならせめてポカモンをやるとかであってほしい。

「お疲れなのです。姫はああ言っていますが、本当は――」

「もういいですよ、本当はお優しいんでしょう? どうだか。どうせテレビゲームのやり過ぎとかでしょう?」

 コロの言葉に、思兼命は明後日の方角を見、口をつぐむ。きっと図星なのだろう。

 またこのパターンか。コロはやれやれと息をついた。

 そこでハタと疑問が心に浮かぶ。

 そういえば、天照大神も思兼命も、この二神はどうしてこんなにサッカーという競技に興味があるのだろう? そんなにもスポーツが好きなんだろうか。そうだとしても、他にもスポーツならたくさんあるはずなのに。もしかしてサッカー以外のスポーツにも、こんな調子で茶々をいれてるんだろうか?

 胸に芽生えた疑問を、そのままコロは思兼に尋ねてみた。

「おや、そういえば、まだ話しておりませんでしたな」

 思兼が、白いひげを触りながらそう答える。

「うん、あれだけ面倒くさがりな天照が、サッカーに随分一生懸命なのも不思議だなと思って。まあ今は寝ているけど」

 突然眠ったりポカモンを探しにいったりとメチャクチャな神だが、それにしては熱心といえるほど頻繁に、様子を窺いに来ている様に思える。ご執心といってもよいだろう。

「そうですな。姫が前回ワールドカップの敗戦で、激怒した件は話しましたな?」

「うん、そのおかげでボクが生まれたんですよね?」

「その通り。ですが四年と少し前、前々回のワールドカップが行われるまで、姫はサッカーの「サ」の字も知らぬ様な、幼気(いたいけ)な神でした」

「幼気ってのはありえないでしょうけど――、それで?」

「そしてまたその頃は、例の悪癖「引きこもり」が、発動しそうな時期でもありました」

「ええっ。そんな頻繁に世界滅亡の危機って起こっているの?」

「その通りです。私の本当のお役目は、姫の執事として身の回りの世話をすることではありません。私は姫の引きこもりを断固阻止する、世界滅亡の最終防波堤として存在しているのです」

 なんてことだ。

 それではこの世界を守っているのは、思兼命ということか。

 全人類がこの銀髪の執事に、感謝を捧げねばならないのではないだろうか。

「ですから先日姫の「引きこもりセット」が召喚された時は、肝を冷やしました。実はあの時、世界中の神がスクランブル発進して、姫を止めに向かっていたのですよ」

 驚いた。そんな大事であったとは。

 コロは、天照に向かって暴言を吐いたことを思いだし、身震いする。

 もしあれで本当に世界が終わっていたのなら、その引金を引いたのは、コロ自身ということになるではないか。

「話を戻しましょう。四年前、退屈になってしまった姫は、まさに引きこもる寸前でした。例の天岩戸(あまのいわと)もほとんど閉じてしまい、世界は滅亡するかに思われました。しかし我々が絶望しほとんど諦めてしまったたその時に、姫はひょっこり岩戸の影から姿を現し、宙を飛びどこかへ向かいました。どこへ向かわれたと思いますか?」

 どこと言われても、全く想像がつかない。

「さすがに分かりませんね? 姫が向かった先は、東京の「渋谷」です。その日、渋谷のスクランブル交差点では、何も知らない者から見れば異様な光景が繰り広げられていました。青色のユニフォームに身を包んだ若者達が大挙して、大騒ぎしていたのです」

「あっ、そうか。きっとワールドカップの試合があった日だ!」

 ワールドカップが始まり日本代表の試合が終わると、その結果如何に関わらず、一部のサポーター達が渋谷のスクランブル交差点に集結し、大騒ぎをするのだ。大量の警察官や警察車両が動員され、彼らに注意を促すが、抑止力はあまりない。

 そしてそれは、サッカーという競技の評判を貶める迷惑行為に他ならない為、純粋なサッカーファンからは心よく思われていない。嫌悪されているといってよい。

 その様子はワイドショー等で繰り返し報道され、それらの映像は、サッカーの生き字引であるコロの内にあるデータバンクの中にも、しっかりメモリーされている。

「左様でございます。姫には不思議な習性がありましてな。人が楽しそうに大騒ぎしているところには、ふらふらと近づいていってしまうのです。私も昔それを利用して、何度も姫を引きこもりセットの中から引っ張り出しました。それは「天岩戸伝説」という神話として、人間界にも伝わっておりますな。その神話にある通り、最初の頃は神々に協力を仰ぎ、周囲で酒盛りと裸踊りでもしておれば、姫はふらふらと現れたのですが、最近は中々そうもいきませんでな。人間界のああいった騒ぎに助けられております」

「変な習性だなあ。迷惑極まりない」

「確かに頭痛の種ですが、その習性がなければとっくに世界は滅びておりました。そうなっては、コロ様が生まれることもなかったのですよ? サッカーの前はゲームソフトの発売での大行列でしたな。おかげですっかり、RPGゲームに熱中するようになってしまいましたが……」

 たしか、そのゲームの購入資金を狙ってカツアゲする輩が急増し、大きなニュースにもなったはずだ。

「もしかすると、ポカモンにハマっているのもその変な習性のせいなの? あれも人が集まりますよね?」

 全国津々浦々の公園やランドマークに、レアなポカモンを求める人々が、老若男女問わず大挙している。中には外国まで遠征する者もいるというのだから、たまげたものである。

「まさしくその通り。あれには今も助けられております。外を出歩いてプレイしなければならない、というところが大変素晴らしい。さて、渋谷の騒ぎに駆けつけた姫は、サッカーという競技に大層関心を示しました。そんなにまで熱狂するものならば、ひとつ見てみようではないかというわけです。他の競技に比べ、盛り上がり方が凄まじいですからな。そして案の定、「どハマり」いたしました。それからのこの四年間というもの、ブルーの着物に身を包み、姫はサッカー日本代表に精一杯声援を送りました。ああそういえば、サムライブルーという呼名もお気にいりのポイントでしたね。しかし、日本は決勝トーナメントで善戦するも、まさかの敗退を喫しました。あの逆転劇での惜敗は、たしかに私も残念でした。その後の顛末は、すでにお話ししましたな。激怒した姫はサッカーの神を呼び出すも、担当する神がそもそもいなかった。そしてコロ様が生まれたのです」

 なんとまあ、そういう話であったのか。

 それならば最高神であるはずの天照が、頻繁にコロの元を訪れることも頷ける。コロに、いちいち成果を挙げることを促すのも、なるほどというものだ。天照も、サッカーが大好きなんじゃないか。

 サッカーを好きな者に、悪い者はいない。

 サッカーボールの神が言うのだから、間違いない。

 コロはなんだか嬉しくなって、心がほっこりする。

 今度、いい豊胸グッズを紹介してあげよう。

 そう思い、コロはにっこり微笑みながら、天照が寝ている空を見上げた。

 しかし、サッカーボールの神の目に飛び込んできたものは、透き通るような青空でも、羽毛布団で寝ている天照でもなく、もう二度と目にしたくないはずの、巨大な「引きこもりセット」の姿だった。

「なんじゃそりゃあ!」

 なぜこのタイミングであれが来る?

 あまりにも唐突に、世界は終焉を迎えていた。

「なんだ? 突然曇ってきたなあ。今日雨降るって言ってたか?」

 唐突な曇天に、グラウンドの運動部員達が一斉に訝しむ。

 あまりに強大なその存在は、それが目に見えぬはずの人間達にも、影響を与えうるようだ。

「どどど、どうしていきなりこんなことに?」

「いけませんな。あれは寝ぼけているのです」

 見れば、宙空をふらふらと歩いている天照がいるではないか。

 サンタクロースがかぶるような珍妙な帽子をかぶり、脇には枕を抱えている。

「ふああ、家で寝るー」

 天照は何かもごもごと言いながら、セットの内部に入ろうとしているではないか。

 なんということだ。あくびをしながら、寝ぼけて世界を滅ぼされては堪らない。

「心配ありません。ここは私にお任せを」

 少しも狼狽えることなくそう告げると、思兼命は懐からスマートフォンをとりだした。

 こんな時にどうでもいいことだが、彼らはどこのキャリアと契約しているのだろうか。全くもって謎である。

「メーデーメーデー! こちら思兼命。行列サーチ班、なにか情報はないか?」

 なるほど。どうやらこういう事態に陥った時の為に、天照を「釣る」ための、情報収拾部隊がいるらしい。いついかなる時も常に予防線を張り、緊急事態に備えているのだ。

 流石は冷静沈着な切れ者、思兼命様である。

「む、今日は休暇中? きさまら、働かんか! このバカモノお!」

 しかしその冷静沈着な切れ者思兼命は、癇癪を起こしスマホをグラウンドに叩きつけた。

 そのあまりの投擲スピードに、思兼の使う端末は粉々に砕け散り、どういう力の作用なのか、それは瞬時にして消し炭と化した。

「どうやらこの星の命脈は尽きました。――コロ様、お疲れ様でした」

 思兼はいっそ清々しいような表情で、宙にある引きこもりセットを見上げる。

「万策尽きたか……」

 そう呟く彼の横顔は、どこか達成感すら感じられる。

「いやいや、簡単に尽きすぎでしょう? 万とは言いませんが、せめて二つ三つは策を用意しといておくれよお」

 コロは絶望的な気分になる。

 自分が消滅しても構わないが、成の未来を奪われるのは耐えられない。

 そう思い、コロは自分の宿主である成を見やった。

 彼はといえば五分間の休憩中で、お調子者の部員と雑談している。

「俺、今日は新発売のアイポンの為に、徹夜で並ぼうと思ってたのにさ。今にも降りだしそうじゃんか。雨だなんて聞いてないぜ」

 新種のガジェット好きの部員は、突然の怪しい雲行きを嘆いていた。

 それを聞き、コロは「はた」と思い出す。

 そういえば、明日は新しいスマホの発売日だったはずだ。朝、成の家の居間で見たテレビの情報番組で、たしか話題になっていた。そして田中という女性リポーターが、興奮した声でこう言っていたのだ。

「発売前日にも関わらず、すでに長蛇の列ができています」と。

「思兼様、明日はアイポンニューモデルの発売日ですよ! 前日なのに、すでに人がいっぱい集まってるみたいですよ?」

 コロが、諦めの境地にある思兼にそれを伝えると、彼の目は再び光を取り戻した。

「これは! ビッグウェーブというものですな!」

 突然思兼命は、訳のわからないテンションで訳のわからないことを叫びながら、上空の天岩戸を目指し勢いよく飛び立った。

「姫! 明日はアイポンです! 新しいアイポンの発売日ですぞ! 東京は表参道に、人が集結しております!」

 宙を飛ぶ思兼命がそう呼びかけると、閉まりかけていた天岩戸が、眩い光と共に勢いよく開く。

「表参道はどっち!?」

 閃光と共にセットの内部から現れた天照はそう叫び、答えも待たず一瞬で飛び立ち、消えて行った。

 思兼も「ではまた」と告げ、それに続く。

 またも人騒がせな神達は、自分たちで勝手に騒いでどこかへ――、いや、東京表参道へと消えていった。

「うおー、晴れたぜ! これでニューアイポンを買いに行けるぞ」

 先ほど天候の悪化を嘆いていたサッカー部員が、快哉の声をあげる。

「こんな田舎で、買えるわけないだろう?」と、成がチームメイトを小突きながら笑う。

 彼らが知る由もないこととはいえ、今まさに世界終焉の瀬戸際を脱したところだというのに呑気なものだ。

 だがひとまずこの笑顔を守れたのだ。よしとすることにしよう。

 コロの心はすでにクタクタではあったのだが、気を取り直して成と共に練習に参加した。

コメント

  1. […] コロ!! 第三章 2話3-2ヨガをアレンジした一連のメニューが終了し、秋… […]