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コロ!! これまでのお話
コロこと胡炉玉命(コロタマノミコト)は最高神である天照大神(あまてらすおおみかみ)とその執事である思兼命(おもいかねのみこと)により目覚めさせられ、自分が『サッカーボールの神』であることを知らされる。
神の世界に関するレクチャーを受けた後、序列最下位という窮地を免れるため、コロは遂に下界に降り立った。
そこで出会った少年に触れた瞬間、コロの身にある変化が起きる。
コロ!! あらすじ
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1−4
――これは、なんだ?
この、胸に去来するこの想いは?
懐かしさと、喜びと悲しさが入り交じったこの香りは?
得体の知れない郷愁が、体のどこかを駆け抜けていく。
『美しく美しく、それは神をも魅了するほど――』
そうかすかに聴こえた、まるで歌うかの様なこの声は、自分のものか、それともこの少年のそれなのか。
止まったような時の中、いつしかコロは泣いていた。
涙を出す器官はないが、コロは確かに泣いていた。
心の中で。
それは号泣と呼んで差し支えないほどのものだった。
悲しいのか嬉しいのか、それともその両方なのか。
生まれたばかりのコロには、その感情の名前が分からない。
それをなんと呼べばよいのか分からない。
コロは、少年の情報を取得し分析することすら忘れていた。
この想いの中に、ただただ自分の身を置きたかった。
この感動に浸っていたかった。
「飛鳥井(あすかい)がいないなんて……。こんなことなら、わざわざ合宿中を狙うんじゃなかった。黄昏時の海辺の丘の上で才能開花、なんていうスポ根マンガみたいなことを夢見るんじゃなかったわ。こうなったら家まで直接行ってやるわよ。爺、タマコロ、行くわよ……って、ええっ? なにしてるのよ、あんた!」
不思議な感覚に陶酔していたコロは、天照(あまてらす)に怒鳴りつけられ我に返る。
「なにしてると言われても……」
得体の知れない何かに、ただただ感動していただけである。特別なことは何もしていない。
「あんた、その子に宿っちゃってるじゃない。何してくれてんのよ!」
「宿ってる? ボクが? この少年にかい? よく分からないけれど、これが宿るということなの?」

「そうよ、このバカコロ! あんた、この子供に好意を抱き、心を預けたでしょう? 周りを見てみなさい。みんなあんたを見失っているじゃない」
コロが周囲を窺うと、確かに皆がキョロキョロしながら首を捻っている。先程と同じく彼らのすぐそばにいるというのに、少年達には、すでに自分の姿が見えていないようだ。
「あれ、ボールどこ行ったんだ? 成(なり)、お前海に落っことしちゃったのか?」
「いや、違うよ。ワントラップして返そうとしたら、急に消えたんだよ……」
成(なり)と呼ばれた少年が、不思議そうにそう答える。
「んなわけあるかよ。頼むぜ新キャプテン、変なこと言ってんじゃ……ってもうこんな時間か! やべえ、自由時間終わっちまうぞ!」
サッカー部員達は、はじけるように走り出した。
勿論「成」という少年も、同様に走り出す。
するとなんと、驚いたことにコロの体も、この成なる少年に引っ張られて動きだすではないか。
「うわあ、なんだこれえ?」
自分の意思と関係なく体が動きだし、コロは困惑する。
「それが宿るということです」
困った時の、思兼(おもいかね)の補足である。彼と天照も、少年達に並走しながらついてくる。
「コロ様はこの少年に宿りました。宿るということは一心同体、一蓮托生。今後行動は制限され、常に彼と動くことになります。コロ様が自由に動ける範囲は、基本的には彼の周囲1〜2メートル。サッカーの試合中や練習中は、もう少し広がります。コート半分ほどですかな。あとは、彼が蹴るボールや試合中のボールに一時的にですが宿ることができます。といってもそのボールを、自分の意思で動かしたりすることはできませんので、悪しからず。不自由を感じるかもしれませんが、人に宿るとはそういうもの。なに、思わず宿ってしまうほど気に入った相手であれば、苦には感じますまい」
そういうものなのか。たしかに勝手に動き回れないのは不便だが、この成という少年となら、それも悪くないのかもしれない。
先程の邂逅の感動は、今もこの身に残り、消えることはない。
「何言ってるのよ。誰なのよその子は。めちゃくちゃ平均的な能力しか持たない、典型的なモブキャラじゃないの! 離れなさい。離れて今すぐ飛鳥井の所に行くのよ!」
「それは無理です、姫。一度宿ってしまった神をすぐに引き剥がすなど不可能だということは、よくご存じでしょう」
「じゃあこの子に死んでもらうわ。死を司る神であるママを呼んで、なでてもらえばイチコロよ。なんなら私が蒸発させてあげてもいいわ」
「それではコロ様も消えてしまいます。何も達成できずに宿り主を死なせてしまうなど、神の名折れ。序列の方も、二度と浮上できぬほどの圏外へとつまみ出されるでしょう」
なんて物騒なことを言いだすんだ。こいつには倫理観というものが存在しないのだろうか。いや、そんなものを求めることが、どだい無理ということか。
――ボクがこの子を護らないと。
「ねえ、聞いてよ」
もめる二人に、コロは唾を飛ばして必死で語りかける。
「ボクはこの子がいい、この子がいいんだ。飛鳥井って子がどんなにスゴいか分からないけれど、ボクはこの子、藤原成(ふじわらなり)に宿りたい。ボクの心がそう言ってるんだ。成を高みに導いてやれって。成こそがボクの夢であり運命だって。天照と思兼命様の方が位が高くて、確かに神としての経験は豊富かもしれない。でもボクはサッカーボールの神様だ。他のことはなにも分からないけれど、サッカーに関することなら全てわかる。ボクを信じて、任せてみてよ。必ず成を大成させてみせる」
そうとも、やってやるさ。コロは鼻息荒く、胸と思しき場所を張ってみる。
「できるわけないでしょう? いくらタマコロがいたって、この成って子じゃあ」
コロの説得むなしく、天照は悲観的だ。
「こうしてはどうでしょう」
ポンと手の平を叩き提案してくれたのは、他ならぬ思兼である。
「先程、少年達が話していた「全中」――、全国中学校サッカー大会。この本戦出場が叶うか否かで、藤原成の能力を図るというのは? 神の力を持ってしてそれすら叶わないのであれば、藤原成なる少年にもコロ様にも、我々は用がありません。その場合は彼らに別れを告げて、別のアプローチを試みればよろしいでしょう。なに、たった1年のことです。我々悠久の時をたゆたう神からすれば、瞬きする間のようなもの。愚かなタマコロと凡庸な少年の奮闘を見物することも、また一興というものではありませんか」
思兼は天照を説得するために、わざと冷たい言い方をしている。コロはすぐにその意を察した。
その証拠に、思兼がこっそりこちらにウインクをする。実に憎い紳士っぷりだ。
「そうね。飛鳥井の才能は捨て難いけれど、チートプレイはつまらない、か……。でもこれじゃ「村人1」に、「ひのきの棒」じゃない。いや、アビリティで変化という考え方もできるか。ジョブチェンジの要領で、タマコロから習得したアビリティを……。うん、育成ゲーとしては悪くない、悪くないわね。いやでも――」
天照が思兼の説得を受け、訳の分からないことをブツブツ呟きだした。
「姫は引きこもり中、テレビゲームにはまっておいででして。主にロールプレイングゲーム、つまり世界を救うRPGというものですな、それをやりこんでおられたせいか、いささかゲーム脳でございまして」
ため息まじりに思兼が耳うちしてくる。
世界を危機に陥れておいて、自分はテレビゲームの中の世界を救っていたというのか。まったくもってとんでもない奴だ。
「うん、わかったわ。コロ、あんたはあの中学生にサッカースキルを修得させ、ゼンチューとやらに出場させなさい。それってあの子達には、結構高いハードルなんでしょう? それが叶えば、藤原成を認めてあげるわ。タマコロ、あんたのこともね」
どうやら、成の命は護ることができたようだ。
天照がわけのわからないバカで助かった。いや、だからこそ危機に陥ったともいえるのか。
「ではよろしいですな。期限は来年の夏。条件は全国中学校サッカー大会、本戦出場。それが叶えば、コロ様は引き続きサッカーボールの神として、藤原成なる少年に宿り励んでいただく。叶わなければ――」
「死んでもらうわ。藤原成にね」
天照が、勝手に思兼の話の継ぎ穂を浚う。
「なな、なんでそうなるんだよ! 1年後、ダメだったら別のやり方を考えるって言ったじゃないか」
「そういったのは爺よ、私は知らないわ。ふふん、うまく言いくるめたつもりだったんでしょう? このゲームには乗ってあげる。でもね、ゲームにはリスクが必要よ。それがあるからこそ、よりエキサイトするというものなのよ。ダメだったら私たちがあんた達のもとを去る――、それじゃあ別にあんた達は何も困らないじゃない? 平々凡々、ちょっと序列を上げただけで、この子とサッカーして、楽しく生きていけるじゃない。そうでしょう?」
「それの何が悪いのさ。どうして困らないといけないんだよっ?」
「言ったでしょう? リスクが無いと燃えないじゃないの。サッカーでも、これに負けたらジ・エンドって時が、見てて一番楽しいでしょ? それと同じよ」
「全然違うっ!」
サッカーで負けるのと、実際に死んでしまうのでは、天と地ほども違うじゃないか。
更に抗おうとしたところで、突然電話の着信メロディが鳴る。
「なによ、バカコロいじめを楽しんでる時に、まったくもう――」
文句を言いながらも天照は、着物の袖から音の出所であるスマートフォンを取り出し、電話にでる。
「――もしもし、今忙しいのよ……、あ、クッシー? え、うそ? 伝説のポカモンが? どこ? 北海道! すぐ行くわ。うんうん、じゃああとでね、はーい。 とまあそういうことなので、――いいわね? とにかく藤原成を鍛えておきなさい。じゃないと死ぬわよ? また見に来るからね! よーし、ポカモンゲットだぜっ!」

そう言い捨てるや否や、こちらを一顧だにもせず、天照大御神はさっさと天に消えていった。
「なんて神だ」そう思うのは、今日これで何度目だろうか。
「本当はお優しい方なのです――」
取り残された思兼が、天照が神速で消えた空を見上げ、ぽつりと静かに言う。
「しかし、生まれ育った家庭環境が少々問題でしてな。少しだけ破天荒な所がおありなのです。ですが本当はお優しい方なのです」
「じゃ、じゃあ、殺すとか蒸発させるとか言ってるだけで、ただ脅かしているだけなんじゃあ?」
「それはありません」
思兼は目を閉じ首を横にふる。
「高位の神はよく約束を破りますが、なぜか破ってほしい約束は必ず守ります。そして神は、序列が上がれば上がるほどに、無慈悲です」
「それのどこが「本当はお優しいお方」なんですか、思兼命様?」
「それは――」
思兼命は言い淀み、あらぬ方角へ顔を向けた。そしてこちらに向き直りウインクをすると、天高く飛び立ちあっという間に消えてしまった。

「なんじゃそりゃあ!」
味方だと思っていた思兼が、ひどい誤魔化し方で逃げてしまったのだ。
彼の言うとおり高位の神が無慈悲だというのなら、それは当然そのまま思兼にも当てはまるのかもしれない。
「どうしよう。大変なことになっちゃったよ、成――」
神に関する満足な知識も無いままに地上に取り残されたコロは、初めて成に話かけてみた。
当然のごとく返事はない。
神の声は、直接人間には届かないのだ。
すでに合宿所に戻った成は、素知らぬ顔で何かを磨いている。
「あ――」
ボールだ。
成はサッカーボールを磨いているのだ。
なんだか、きゅんと胸が熱くなる。
「それっ!」
コロはさっそく成の手の中にあるボールに宿ってみる。
サッカーボールの神特有であろうこの動作は、呼吸をするように無意識にできるようだ。昔からやり方を知っていたかのように、コロはスルリとボールに一体化した。
成の持つ布がボール、――つまりコロの体を磨いていく。
「ああ、なんて気持ちがいいんだろう。そうそう、そこそこ。ああダメダメ」
誰にも聞こえないのをよいことに、コロは悦楽の声をあげた。
こりゃあ天国だ。
ブラッシングされるペットの気持ちが、よくわかるというものだ。
「ありがとう」
「へ?」
突然、成の声が聞こえてきた。
勝手に愉悦に浸っていたコロは、驚いて成を見上げる。
だが、喋ったわけではないようだ。
「そっか、心の声が聞こえるんだ……」
成の心がボールに語りかける声が、コロの心に聞こえてきていたのだ。
それは嘘偽りのない、サッカーボールに対するまっすぐな感謝の念だった。
ありがとう、ありがとう、いつも本当にありがとう。
コロはその心の音に、心底驚嘆していた。
こんな少年が、他にいるだろうか。
コロの中に注入されたという一般常識や社会通念と照らし合わせてみても、成のような考え方をする中学生はかなりの少数派だ。
いや、限りなく0に近いと言い切れる。
しかし、ここにいるではないか。
曇り一点ない心で、使い古されたボールに感謝の念を持てる中学生が。
優しい心で、自分の汚れを拭ってくれる少年が。
コロはまたしても号泣していた。
涙を生む器官は無いが、声をあげ、おいおいと泣いた。
君と出会えて、本当によかった。
君を選べて、本当によかった。
生まれて初めて、優しさに触れた。
生まれて初めて、愛情に包まれた。
君を、必ず護る。
そして君を、誰も到達したことのない場所まで導いてみせる。
だけどどうか、今だけはもう少しだけこのままで――。
何も知らぬ成の手の中で、コロはいつまでも泣き続けた。
コロ 第一章 了

コロ第二章はこちら↓

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