「コロ!!」 1-1話

コロ(小説)

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朗読小説【コロ!!】 1章 第1話「コロタマノミコト」

1−1

「胡炉玉命(コロタマノミコト)、胡炉玉命や。目覚めるのじゃ。胡炉玉命や――」

「うーん、なんだい? 寝かせておくれよお。さっき寝たばっかりなのに」

「胡炉玉命、胡炉玉命や。そなたには使命がある。目覚め、果たさねばならぬ使命があるのじゃ。胡炉玉命、胡炉玉命や。目覚めるのじゃ。胡炉玉命、コロタマノ……、おい、起きろ。起きなさいよ、この、……タマコロっ!」

「うわあっ!」

 胡炉玉命――、いやタマコロと呼ばれたその者は、突然の怒声に飛び起きた。

 慌てて眠い眼を擦ろうとしたものの、そこで自分に腕がないことにハタと気付く。腕どころか足もない。いやそもそも、目玉があるかどうかさえも疑わしい。

「う、腕がない! 足も! なんてことだ。ボクはこれからどうやって生きればいいんだ! もうおしまいだ。死んでしまおう、さようなら……」

「落ち着きなさい、タマコロ。いや、もうコロでいいか。お聞きなさい、コロ。まず、あなたには元々腕が無いわ。そして足もない。ついでに言うと、目も鼻も口もない。元々無いんだから、無い無い尽くしでも大丈夫よ。安心なさい」

「腕も足も目も鼻も口も、元々ない? それで安心しろだって? 冗談じゃない。それじゃあまるでバケモノじゃないか! ボクったらバケモノだったの? それともお化け?」

「違うわよ。もう、せっかく神々しく話してたのに、全部台無しじゃない。一から説明してあげるから、いい加減ころころ動き回るのはよしなさい」

 ――ころころ?

 言われてみれば、自分は確かにころころ転がって動いている。

 謎の存在にコロと呼称された者は、ここでやっと自分の身が球体である事を自覚した。

「あんたの名前は胡炉玉命。長いからコロと呼ぶことにするわ。コロ、あんたの正体はバケモノやお化け、妖怪などとは程遠い尊き存在、――神よ」

「神?」

なんですと?

 突然自分が神様と言われても、信じられるわけがない。

 しかしコロは、その言葉にすがるしかない。文字通り「神」にすがるしかないのだ。

 もしそれが否定されてしまえば、自分は本当にバケモノになるしかないではないか。

 コロは心の中で、自分は神だと何度か唱え、己に言い聞かせた。

 すると少しだけ、心に余裕ができた気がしてくる。

 自身が神様であるというのなら、多少のことには目をつぶれるのではないだろうか。もっとも、つぶるための目玉はないのだけれど。

 それにしても――、と、そこでコロは初めて疑問に思う。

 自分に話しかけるこの声の主は、一体全体何者なのだろうか? 

 コロはないはずの目を凝らし、目の前で語りかける者を観察しようとした。

 だがそれはかなわない。なぜならその何者かは、背後に強烈な後光を帯びているのだ。

「うわあ、まぶしい!」

「ああ、そういえば忘れていたわ。ライトオフ!」

 謎の存在が声を発し、柏手を打つと、背後から光が消える。

 コロはやっとのことで、声の主の姿を拝むことができた。

 女性だ――。

 目の前には、美しい七色に光る着物を着た、髪の長い女性がおり、背後に巨大な円球がぷかりと浮かんでいる。

 先程はこの円球が眩く光っていたのだ。

 彼女は、まるで重力など存在しないかのようにフワリと宙に浮かび上がると、その球に腰掛け、つい、とこちらを見やる。

 彼女の整いすぎるほど整ったその容姿は、美しいとしか言いようがなく、緋色に燃えるように揺らめく瞳は、吸い込まれるような不思議な魅力を放っている。

 お顔の方は完璧と言っていい出来である。

 だのに、この胸中に叫ぶように広がる暗たんたる気持ちは何か?

 胸である。

 お胸の方は、どう見てもつるぺたの貧乳なのだ。

 神は二物を与えずというけれど、自分が神というのなら与えてやりたいものである。

 コロがそんな勝手な品定めをしていると、目の前の女性は再び口を開いた。

「私の名は天照大御神(アマテラスオオミカミ)。この国で一番偉い神様よ」

 そんなコロの勝手な感想を遮るように、艶やかかつ豊かな青色の毛髪を揺らし、目の前の女性はそう告げた。

「一番偉いだって? 神様に、一番も二番もあるものなのかい?」

 なんと自分以外に神がいるものなのか。

 自身が神だと聞かされ、コロはすっかり安心していた。

 だが目の前の天照大御神という女神は、神々の中でも一番偉いのだと自称している。

 それではいったい自分は何番目なのだろうか? せめて五番目くらいには、というのは欲張りすぎというものだろうか。

「そっか、あんた生まれたばっかりだもんねえ。なーんにも知らないんだ。まずは神々の仕組みから説明してあげる。爺! 爺! 出てきなさい」

 天照が再びぽんぽんと柏手を打つと、どこからともなく執事然とした格好の老人が現れた。

 老人とはいえ背筋は真っ直ぐにのび、細身かつ長身でスラリとスタイルがよい。

 しわ一つない糊のきいた黒い燕尾服が、それをより際立たせている。

 オールバックになでつけた、銀色に光る白髪に白チョビ髭、おまけに左腕には、何に使用するのか甚だ不明な謎の布を垂らしており、首元にはスタイリッシュな黒いネクタイ、胸ポケットには白いハンカチーフである。誰がどう見ても執事だと思う仕上がりであり、執事のテンプレートといってもよいだろう。

「お初にお目にかかります、胡炉玉命様」

「長いから、コロでいいわよ」

 天照が面倒くさそうに手をふり、勝手に許可を出してしまう。

 許可をだすのはコロであるべきだが、まあ事ここに至っては呼び名などどうでもよい。

 コロはコロリと転がって、構わない、と示す所作を見せた。

「ではコロ様。わたくし、思兼命(オモイカネノミコト)と申します。以後お見知りおきを」

 思兼命と名乗る執事然とした老人は、恭しく頭を下げる。

 慣れ親しんだ所作なのだろう。一挙手一投足が、なんだかとてもスタイリッシュだ。

「こんな格好をしていても、爺も立派な日本の神様だからね、結構偉いのよ。さすがに私ほどじゃないけれど」

 天照が「こんな格好」と指摘するとおり、思兼命は、とても日本の神には見えない格好をしている。前述した通り、身に纏う衣類も佇まいも全て、まるで英国紳士のそれだからだ。和装の天照とは対照的である。

 と、そこまで考えたところで、コロは気付く。

 自分のことは何も分からないけれど、どうやらコロの頭の中には、最低限の知識だけはあるようだ。

 なぜなら「イギリス」のことも知識としてコロは知っているし、自分が日本に帰属する存在で、目の前の二人が日本語を操る日本の神だということも、いちいち意識することもなく当然の事として分かっている。思兼(オモイカネ)のことを、「日本の神には見えない」などと思えるのが、その証拠である。

 だのに自分自身に関する知識だけが、どういうわけかすっぽり抜け落ちているのだ。

「乱暴に起こされてしまったようで、申し訳ありません。どうやら知識注入の途中だったようですな。それでは私、思兼命が口頭で補足させていただきます」

 思兼は口元に軽く握った拳をあて、ゴホンと咳ばらいをはさむ。

「まず、ここ日の本の国日本には、数多の神が存在します。その数なんと八百万」

「はっぴゃくまん!」

 驚いた。せめて万は除いて、八百くらいにしてはくれないものだろうか。

「左様、この国の人々はそれを、八百万の神(やおよろずのかみ)と呼び信仰します。どんなものにでも――、例えばその辺の石ころにでも、神が宿るという考え方です。そしてそれは実に正しい。「やおよろず」とは、とても多い数を表す喩えだと皆が思っているようですが、実のところ、真実神の数は八百万体いるのです」

 無い口をあんぐり開けるコロを気にせず、思兼は説明を続けていく。

「そして八百万体いる神にも、明確に序列があります。先ほど姫がお話になった通り、このお方、天照大御神様が序列一位の神に在らせられます」

 思兼の隣にいる天照が、エヘンと得意げに貧相な胸を張る。

 本当にこんなあまり賢くなさそうな貧乳の女性が、一番偉い神様なのだろうか?

 口も悪いし、何より威厳を感じない。親しみやすいというものとは、何か違う気もする。

 顔の造りは美しく整ってはいるものの、胸はぺたんこ、そして頭はきっと空っぽだ。阿呆の神という呼び名の方が、余程しっくりくる。

「――コロ様」

 コロが、無いはずの首を捻っていると、コロの心中を察したのであろう思兼に耳打ちされた。

「ゆめゆめ滅多なことを考えませぬよう……。もし姫の機嫌を損ねると――」

「損ねると?」

 何が起こると言うのだろう。

「滅びます」

「へ、何が?」

「この星が、でございます」

「ええっ! いやいや、そんなバカな……」

 星が滅びる。

 もちろんこの地球のことだろう。

 それほどの力が、目の前にいる天照にはあるというのか。

 だがそれでは国際問題になりはしないのだろうか? 神はこの国だけにいるわけではないだろう。いくらなんでも大袈裟というものだ。

 だけど――、とコロは思う。

 無茶苦茶なスケールの話だが、冗談など言わなそうなこの神がそう言うのなら、本当のことなのかもしれない。

 それを裏付けるように、思兼命の目は真剣そのものだ。

「なにぼそぼそ言ってるのよ?」

 訝しげな顔で、天照が尋ねる。

 この知恵の足りなさそうな振る舞いも、規格外のそれ故なのだろうか。

「いえいえ、天照様の魅力をお伝えしたまでです。さてその序列一位の天照様の下には、姫のご両親、ご兄弟方、そして諸々の関係者が軒を連ねるのですが……、序列については各々方ご主張が強いため、ここでは明言を避けましょう。それより気になるコロ様の序列ですが――」

 気になって気になってしょうがない。コロは、無いはずの喉をゴクリと鳴らした。

 一体ボクは、この神々の世界でどれほどのものだというのだろう?

「今現在コロ様の序列は、八百万神中、――八百万位」

「はっぴゃくまんい!」

 驚いた。

 白目をむいて、盛大に驚いた。

 せめて万は除いて、八百位くらいにしてはくれないものだろうか。いくらなんでも、これではあんまりではないか。

「つまりコロ、あんたは神々の中でダントツのドベ、ってことね。ドベ中のドベ。神といってもぶっちぎりの出来損ない。ダメの中のダーメダメ」

 失望するコロの前で、ダメとドベを連呼しながら、天照は手を叩いて心底嬉しそうに笑う。その瞳には、なんと涙さえ浮かべているではないか。

 コロの落胆が、泣くほどおかしいというのだろうか。

 なんてひどい神だろう。序列一位が聞いて呆れる。

 目覚めたばかり、右も左も分からずに、四肢も目鼻口さえもなく落ち込む者に、よくそんなことが言えたものだ。

 優しく励ましてこその神だろう?

 序列一位の神様だろう?

 しかし天照は、嬉しそうに「はっぴゃくまんい! はっぴゃくまんい!」と白目をむきながらコロのマネをする。そしてまた腹を抱えて涙を流し、一人で笑いこけるのだ。

 ――もうどうでもいい。

 コロの中で何かがプツリと切れてしまった。

「貧乳」

「は?」

 やけになったコロの言葉に、その場の時が止まる。

「貧乳と言ったんだよ、この貧乳会の序列ナンバーワン、天照大御神!」

 星が滅ぶ? そんなことどうだっていいじゃないか。

 どうせ生まれたばかりだし、どうせ目も鼻も口も腕も足もない球体である。おまけに神の序列では、「ダントツのドベ」ときたもんだ。八百万の中の八百万位だ。

 この世界に未練があるというほうが、どうかしているというものではないか。

 言ってやれ――。

「やいやい、この神でなしのオタンコナス。平たい胸かっぽじってよく聞きやがれ。元来貧乳キャラっていうものは、賢い存在じゃないといけないんだ。だから「おっぱいの栄養が脳にいっちゃった」なんて表現が成立するんだろう? でも君は、おっぱいが空っぽのくせに、頭の方も空っぽじゃあないか。この国の人たちが可哀想だ。一番偉い神様が、君みたいなスッカラカンのペチャパイ娘だなんて。これじゃあ洗濯板を拝んでいた方がまだマシだ。ああそうとも、そうだとも! 同じ平でも、洗濯板は役に立つからね。そうだ、序列一位は誰かに譲って、君は洗濯板の神になればいい。そのうえで君にはこの八百万位を譲ってあげるよ。正にお似合いというやつだ。この――」

 そこまで言ったところで、思兼命に存在しないはずの口を塞がれる。

「いけません、それ以上は!」

 あれほどクールな紳士であった思兼が、すっかり狼狽している。顔は青ざめ、綺麗に整えられていた銀髪のオールバックは、なぜだかめちゃくちゃに乱れている。

「いわと……」

 コロの思わぬ暴言に固まっていた天照が、ぼそりと何かを呟いた。

 その瞬間、コロを押さえつける思兼の両の手から、戦慄が伝わる。

「天照様、それはいけません!」

「天岩戸(あまのいわと)おお!」

 思兼制止も虚しく天照が右手を掲げ絶叫すると、突如天に巨大な物体が出現した。

 いや、巨大などというものではない。

 物体などと呼べるものでもない。

 一辺が数十キロメートルにも及ぶほどの、島といっても差し支えない代物だ。東京23区程度なら、すっぽり覆い隠してしまうだろう。

 おまけにコロ達の周囲は、大地が揺れ大気が震え、ありとあらゆる天変地異が瞬時にして起こっている。雷、竜巻、津波、吹雪、火山の噴火に大地震と、災害であればなんでもござれの有様である。

「なんじゃこりゃあ!」

 突如顕現した地獄に、コロは無い目をひん剥いて叫び声をあげた。

「い、一体あれはなんなんですか?」

 どうとでもなれと覚悟を決めたはずのコロだったが、予想を超える超常に仰天し、たまらず思兼にすがりつく。

「あれは天岩戸、別名「姫の引きこもりセット」です」

「引きこもりセット? 何を言ってるんですか? あれじゃあ、まるで島じゃないですか。そもそも「戸」と言ってるのに、何であんなムチャなものが現れるんですか?」

「岩戸自体はあそこにあります。ご覧なさい」

 思兼が指し示す場所をみやると、なるほど、天照が召喚した島の中央部には、巨大な岩でできた戸と思しきものがついている。しかし巨大な岩戸といえど、その島――、いや「姫の引きこもりセット」とやらの規模とは、比べるべくもない。かように色々とネーミングがおかしいのだが、今はそこにつっこんでいる場合ではない。

「姫は気に入らないことがあると、あの岩戸から中に入り、戸を閉ざし引きこもるのです。内部には姫の少々奇天烈な趣味を満足させるための、様々な設備が完備されています。それを指して我々は、「引きこもりセット」と呼んでいるのです。言ってみれば至れり尽くせりの超高級ネットカフェのようなもので、一度引きこもってしまうと、外に出すのは至難の技です」

「全くもってよく分からないけれど、引きこもりたいなら引きこもらせておけばいいじゃないですか。他の神様のためにも、きっとそのほうがいいよ」

「それが、そうもいかないのです」

 天を覆う災厄を見上げ、思兼命は深くため息をつく。「そうできればどんなに楽なことか」と言う声が、そのため息の中から、エコー付きで聞こえたような気がする。

「姫――天照大御神様は、太陽を司る神にあらせられます。姫が引きこもってしまうこと、それすなわちこの世から太陽が消滅することと同義。太陽が無ければ人々も神々も生きることができません。氷河期というものをご存知ですか?」

「恐竜が滅んだとかいう、あれのこと?」

「そうです。正にその恐竜を滅ぼした氷河期を引き起こしたのが、姫の引きこもりです」

「んなアホな! あれは隕石の衝突が原因なんじゃあ?」

「それは外国の神々と協力して施した、カムフラージュです。各地に残るクレーターは、私たちが作りました。嘘のように聞こえるかもしれませんが、本当のことなのです。私が作戦を指揮し、神々総出で姫を岩戸から引っ張り出したのですから」

「い、一体どうやって?」

「それは姫の趣味習性を逆手にとってといいますか……。まあとにかく、今はそれを説明している暇はございません。とにかく引きこもらせないことが肝要です。――姫っ!」

 ふらふらと引きこもりセットに向かい始めた天照に、思兼が叫ぶ。しかしその声は、序列一位の太陽神の耳には入らないようだ。何事かぶつぶつと呟き、右に左に揺れながら、岩戸の方へふわふわと飛んでいく。

「姫! 目的を忘れてしまわれたのですか? 我を忘れてまた引きこもると、あなたの好きな選手達が、みな死んでしまいます! それでも構わないというのですか?」

 なんのことだか分からないが、その言葉は、やはり天照に届いていないようだ。

 その証拠に、天戸へ向かうことを止める素振りはない。

「では、これでもまだ思い出せませんか! 失礼コロ様!」

 そう言うや否や思兼はコロをポイと宙空に放り投げ、次の瞬間全力で蹴り飛ばした。

「ええっ、なんでえ!?」

 突然自身にふりかかった凄まじい衝撃に、コロは疑問を叫びながら、高速で岩戸に向かい飛んでいく。

 この会話の流れで、何故突然蹴り飛ばされねばならないのか?

 そんなことを考える余裕もないほどそのスピードは凄まじく、コロは一瞬にして天照を追い越して、その勢いのまま岩戸に衝突した。

 尋常ではないスピンとその速度故、コロの丸い体は弾丸のように長細く変化し、岩戸に半分ほどもめりこんだ。その上、めり込みながらもそのままギュルギュルと回転し、岩に擦れる部分が熱を持ち、大量の煙を発生させる。

「ゴオオオオオオル!」

 後方で、コロを蹴り飛ばした張本人である思兼が突然雄叫びをあげた。

 一体なんなのだ、あの神は。

 実は一番変人なのではないだろうか。見れば跪き拳を掲げ、大袈裟なガッツポーズまで決めているではないか。

 コロが呆れて溜息をついたその時――。

「タマコロ」

 無いはずの耳元に聞こえた抑揚のない声音に、コロは戦慄した。

 瞬時に命の危機を感じ、逃亡を図ろうとしたものの、球体の体は壁にめりこんでおり身動きが取れない。

 なすすべもなく、コロはめり込んだ岩から、天照の手によりズボリと引き抜かれた。

 ――殺される。

 コロの身は今、先ほど散々暴言を浴びせたこの悪神の両の手の中にあるのだ。

 しかも頭がおかしいうえにワガママだ。おまけに貧乳で性悪で、そして最強だ。

 なにせ相手は太陽なのだ。

 太陽とタマコロが戦っても、結果は知れている。きっと思兼命が自分を蹴り飛ばしたのは、八裂きにでもして気を鎮めてくれということなのだろう。

 コロが死を覚悟したのも、無理がないといえる。

「――許してあげる」

 しかし天照の口からでた言葉は、コロの覚悟に反して意外なものだった。

 見れば白目をむき狂乱状態だった天照の瞳は、元の美しい緋色に戻っている。

「許してあげるわ、コロ。その代わり、たくさん働いてもらうわよ」

 そう言うや否や天照は、コロの丸い体をポンと軽く宙に放り投げ、次の瞬間天高く蹴り上げた。

 またも凄まじい衝撃だったが、体に痛みは感じない。嫌な感じもまったくない。

 そういえば、先ほど思兼に蹴り飛ばされた時もそうだった。

 自分はむしろ喜びを感じている。

 自身の丸い体を蹴られることに、コロは歓喜しているのだ。

「ボクったら、変な趣味があるのかしらん?」

 そんなことを考えながらも、推力を得たコロの体は真っ白い雲の中を突き進み、ぐんぐん上昇していく。

「うわあ」

 上方へと働く推進力と、下方へ働く重力が釣り合いコロの体が静止した時、コロは思わず感嘆の声をあげていた。

 天に鎮座していた天照の引きこもりセットは、いつの間にか消えており、コロの眼下には日本列島が横たわっている。

 ――美しい。

 コロは心の底からそう思った。

 この美しい日の本の国に、八百万(やおよろず)の神が暮らしている。

 その一欠片になれるのであれば、八百万位でもよいではないか。

 自分になにかが欠けていても、それでよいではないか。

 そう胸の奥で思ったところで、また新たな疑問が湧いてくる。

 この珍妙な体を持った自分は、一体全体なんの神だというのだろう。

 コロが無いはずの首を傾げたところで、コロを蹴り上げた張本人である天照大御神が、またも眼前に現れた。

 顔には笑みさえ浮かべており、どうやら本当に機嫌は治ったようだ。

 性悪で胸はなくとも、認めたくはないが造形だけは美しい。特に太陽の如く光る緋色の双眸は、絵も言われぬ魅力がある。

 傍らには思兼も控えており、その安堵の表情と綺麗に整ったオールバックの頭髪から、引きこもりが未遂に終わったことが伺える。

 世界は危機を脱したのだ。

「忘れていたわ」

 天照の瞳の奥に宿る日輪が、静かに激しく燃えあがる。

「引きこもるより楽しいことが、この世にはあるの」

 天照は、上昇する推力を失いそろそろ下降に転じようかというコロの体を優しく抱きとめ、ゆっくりと口を開いた。

「さっそく仕事を始めるわよ。――サッカーボールの神、胡炉玉命(コロタマノミコト)よ!」

コロ 1-1話 了

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「コロ!!」 1-2話
朗読動画はこちら↓(※音がでます)コロ!! これまでのお話コロこと胡炉玉命(コロタマノミコト)は最高神である天照大神(あまてらすおおみかみ)とその執事である思兼命(おもいかねのみこと)により目覚めさせられ、自分...

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